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「ピーーーッ、ピッ!」
おや? どうしたんだろう。ピコンが急に騒ぎ始めた。これは……たぶんピコンが自分の後をついてきてきてって言っている気がする。
数時間ほどピコンは木々の枝を先へ先へと渡っては枝に止まり、自分達を案内している。
先を行くピコンの姿がある場所で急に消えた。どれほど注意深く観察しても、どこにでもあるただの森の中の風景にしか見えない。これって例の周囲の風景に同化する透明な壁?
手を伸ばすと、指先が溶けるように消えた。だが自分の手の感触はある。グーパーして、その後、腕を伸ばして手探りで手を上下左右に動かしてみる。なにかに手が触れたので引っ張り出したところ、どこにでもあるただの葉っぱが手に握られていた。
大丈夫かな? 大丈夫っぽい。いや、まだ大丈夫とは言い切れない……。
中へ入ろうか迷っていると、ヤコがため息をつきながら「アタイは先に行ってるから、勇気が出たら来な」とさっさと謎の空間へと入って行った。続けてシュリも「アラタ様、先に失礼します」と笑顔だが、どこかよそよそしいオーラを纏ったまま、中へ消えた。
(存外、臆病者じゃの……妾の乳でも飲ませてやろうかのぅ?)
あ、カチンときた。──ヤコやシュリにキツく言われてもどうってことはないが、なんちゃって和装のサキュバスにだけは言われたくない。
遠くにいるからだと思うが、言いたい放題だな。次会った時にサクラ専用に大事に取ってある必殺アイアンクローをお見舞いしてやる!
腹を立てながら、謎の空間へ飛び込むと、すごくゆったりとした庭が広がっていた。
さっきまで森の中にいたはずなのにどこまで広がる草原が遠くに見える。庭の方は例えて言うと野球場くらいの広さがある。
「やっときたか、アラタこっちだ!」
庭の中心に佇む古風な家の影から、ヤコが手を挙げてこちらへ合図を送った。その隣にはシュリがいて、肩にはピコンも乗っている。
なにかをしているようだ。近づくと年を重ねた女性が屈んで草木の手入れをしていた。
ガーデニング用の服をまとい、その顔立ちは気品に満ち、動きの一つ一つから優雅さが滲み出ている。
「あら、ようこそ。ちょうど今からお茶の時間よ」
シュリもヤコもこの女性の手伝いをしていた。ヤコから「1時間もあそこで迷っていたのか?」と問われたが、そんなことはない。おそらく数分しか経ってないはずだが……。
古びた家の中からは、心を温め癒やすような香ばしい匂いが漂ってきた。しばらく外のテーブルで待っていると、年老いた女性とシュリが、焼き立てのクッキーと香り高い紅茶を運んできた。
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