0人が本棚に入れています
本棚に追加
飴色乃恋 「詩織編」
「もう6年生か」
春吉小学校に入学してからもう6年。あっという間の時間だった。
自分の思い描いたように過ごせていると思う。友達も沢山できたし、委員会では委員長になれたし、給食もおいしい。パパはお医者さんだけど、勉強しろとも言われない。他のクラスには中学受験をする子もいるみたい。その子たちと私は違う。私は自由だ。家に帰ればママの料理は美味しい。ママはカフェをやってるから、料理は大の得意だ。私もママみたいになりたいな。どうやったらなれるんだろ。上手になるにはいっぱい食べなくちゃ。食べれば食べるほど、身長が伸びている気がする。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい詩織。気を付けてね」
いつものように登校する。家を出て学校に向かった。気候がいい季節で過ごしやすい。
歩くだけで気持ちが良いものだ。
するとクラスメイトの悠馬が先を歩いていた。
「悠馬! おはよう」
「おっす」
悠馬とは仲が良くて、クラスの中では唯一気の合う男友達だった。
彼が何かを手に持っていることに気付いた。それは赤い飴だった。もちろんお菓子を持ってくることは学校では禁止されている。
「お菓子持ってきたら怒られるよ」
と私は注意するが、
「うるせえ」
と返されてしまった。もう、そんな言い方しなくてもいいのに。でも注意が効いたのかすぐに食べきった。でも同じく同じクラスの春樹が後ろから登場し、私たちの会話に混ざってくる。
「このりんご飴、恋が叶うジンクスがあるらしいぜ。好きな奴でもいるんじゃねえの?」
と、春樹はつぶやいた。
それを聞いた悠馬は、顔を真っ赤にした。まるで本当に好きな人がいるんじゃないかと思わせるくらいに、わかりやすかった。恋なんて全然興味がなさそうだし、悠馬らしくないのに。
それからなんとなく、悠馬に避けられているような気がしていた。図工の時間は隣の席なのに、一度も自分から話しかけてはくれなかった。
「悠馬? ねえ、この粘土ってどうやって着色するの?」
「……ああ、こう」
返事があったかと思えば、この程度だった。まるで人が変わってしまったみたい。なんだか顔も赤いし、熱でもあるんだろうか。少し心配だ。
こんな調子なので私から話しかける回数も減っていく。こうやって人間関係って変わっていくんだ。
数日後、運動会が開かれた。気候がいい季節に運動会はつきものだ。生徒たちは体操着を着て、校庭で自分のクラスを応援する。
たくさんの家族もやってきた。私の家族も例外ではない。パパもママも仕事で忙しいのに、今日は無理して休暇を取ってくれたのだそうだ。
「頑張れー! 負けるな―!」
悠馬は誰よりも応援に力を入れていた。それもそのはず。応援団の団長なのだ。彼はリーダー業のようなものが好きで、よく立候補していた。気合があり過ぎるのか、応援しすぎてバテているくらいだった。
「ふう……」
まあ気合が入るのは良いことなのではないかとは思う。
「まあまあほどほどにしときなよ。応援は点数に入んないんだし」
と、春樹が言うと、
「こういうのは気持ちだから、冷めたこと言うな」
と悠馬は言い放ち、応援を続ける。
悠馬はこういうところがある。気持ちが熱いのだ。
「お前には負けるぜ」
と、春樹も応援を始めた。そういえば春樹も応援団の一員だったのだ。すっかり忘れていた。そんな会話をしていくうちに、競技はどんどん進んでいく。
徒競走に大玉転がし、騎馬戦など、バリエーションは豊かである。他の小学校は競技が減っているみたい。だからうちは特別なんだと思う。
「次の協議は借り物競争です。6年生の男子のみなさん、参加してください」
男子達は集合場所に集まる。三角コーンが立っているのでわかりやすい。女子はタオルや筆箱などの子供を自席で用意し、男子は走るのだ。
5年生の放送クラブの生徒が呼びかけをする。
「6年生の男子のみなさん、ボックスの中から一枚カードをひいてください。そこに借りて来なければならないものが書いてあります」
ルールはこの学校オリジナルなんだそうだ。
男子は一枚ずつカードをひく。そして、そのカードの内容を一人ずつ発表しなければならない。
「僕は紅白帽でした」
と、借りやすい人もいれば、
「ランドセルです」
と、教室まで戻らないといけない人もいた。
「では、借りてきてください。よーい、スタート!」
ドンッ! と勢いよくスタートの合図が鳴らされると、生徒たちは一斉に駆けていく。借り物競争は今年始まったばかりの競技なので、みんなわくわくしていた。
第一レースでは、私達のクラスは運動靴だった。一人の女子が自分の靴を脱いで手渡す。
「これ! 頑張ってね!」
「サンキュ」
男子が受け取った。なんでも二人は付き合っているらしく、
「熱々だなあ~」
「ヒューヒュー」
なんていう声も聞こえた。まだ小学生なのに付き合っているだなんて、凄いな。私にはまだ考えられない。恋ってどういう感情なんだろう。アイスが好き、とか、アニメが好き、だなんていう感覚とは違うんだろうか。
その男子は運動靴を持つと、すぐにゴールした。一着となり拍手が起こった。
「やったー!」
我がクラスの生徒の喜びようは凄かった。
「第二レースの準備をしてください」
男子達がボックスからカードをひいた。うちのクラスは悠馬だった。
「では借りるものを発表してください」
悠馬は発表する。
「好きな人……です」
全校生徒がざわつく。
「好きな人!?」
「悠馬の好きな人って誰だ!?」
悠馬の顔は真っ赤だった。このボックスのカードは生徒会が作っているはずで、遊び心のあるカードも含まれているということだった。でもあまりにも直球だ。これでは悠馬は好きな人を発表しなければならなくなる。
これには先生も驚いたようで、すぐに悠馬の元に駆け寄っていく。そして、
「カードを替えるか?」
なんてことを言いに来ていた。だがその行動に、全校生徒は大ブーイングだった。一人の恋の物語が見られるのだから、チャンスを逃すと思えば当然のことだろう。それを見たからか悠馬は、首を横に振った。
「おおお! カードを替えないって!」
悠馬には恋人がいないはずだった。でもここで発表しようというくらいなんだから、実はいるのかもしれない。全校生徒は息を飲んだ。
「では、よーい、スタート!」
合図があると、男子達は一斉に駆けだす。でも当然、全員の視線は悠馬にあった。
「あいつ誰の所に行くんだろ?」
クラスの女子たちは顔を見合わせると、
「玲奈じゃない? 最近隣の席になったじゃん」
「いやいや、あっちゃんでしょ。一緒に図書委員してるし」
なんて言い合っている。
「っていうか詩織じゃない? 一番仲いいし」
私まで話題にされた。
「ええ私? まさかまさか」
なんて私も否定する。まさか私に番が回って来るだなんて思わなかった。
悠馬は私達のクラスに向かってきた。
「やっぱりうちのクラスじゃん!」
「ほらあ! この中の誰かだよ!」
女子たちはキャッキャキャッキャとはしゃぎ出す。
すると悠馬は私の手を取った。
「へっ!?」
「やっぱり詩織じゃん!」
歓声が上がる。私の顔は真っ赤に茹で上がった。まさか自分だとは思わなかった。
「じょ、冗談でしょ?」
一応確認する。だってそんな素振りを感じなかった。だけど周りの子達は感じていたらしい。
「なんか最近詩織にだけよそよそしかったしな」
なんて声もあった。
悠馬は、
「冗談なんかじゃねえよ」
と、ポケットから飴を差し出し、私に渡す。
「これって、あのジンクスの……」
恋が叶う、と噂の飴だった。周りのみんなも知っていたらしく、盛り上がる。他のクラスや学年からも感性が上がった。
「一緒に来てくれるか?」
思いもよらないことに、私は頷くしかない。手を引かれて一緒にゴールまで走った。
「一着! ゴールしました」
悠馬と私がゴールすると、学校全体から歓声が上がった。
悠馬の手は温かかった。そして、私より少し大きく厚かった。いつの間にか成長していたんだ。少し前までは私の方が背が高かったのに。
手を繋いだことで、心臓がばくばくする。こんなに緊張したのは初めてだった。
ゴールしたことに対して拍手が起こった。私は恥ずかしくなって自分のクラスに戻った。
これを機に学校のみんなの中で、私達は付き合っているという認識になってしまった。
悠馬も私もそれを否定する機会もなくなってしまった。
それから私は悠馬のことばかり考えるようになった。朝すれ違う時も、目で追ってしまうのだ。
家に帰り、ふう、っとため息をついた。
「どうしたの? 最近元気ないじゃない」
ママが声をかけてくれた。
「ああ……まあ、色々あってね」
苦笑いする。すると、
「恋の悩みかな?」
と、聞いてきた。私は顔を真っ赤にしてしまった。
運動会に来ていたので、あの一件をママも知っているのだ。
「うん……実は」
私は今学校で起こってること、感じていることなどを話した。
「なるほど。それでため息をついた訳か」
「うん。なんだか悠馬のことばかり考えてしまうの。こんなことはなかったのに」
するとママはにっこり笑った。
「それは詩織も悠馬くんのことが好きなのよ、きっと」
「やっぱりそうなんだ」
自分の気持ちを薄々は感じていた。だけど人に言われると、どきん、とまた胸が高鳴る。
「好きだって言ってくれてるんだから、お返事してあげたら?」
「お返事?」
「詩織も好きだって伝えないと」
私はこくん、と頷く。
「でも、どうしたらいいかわからないの」
するとママは優しく私の髪を撫で、恋が叶うあの飴を手渡してくれた。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、パパもママも、この飴のおかげで恋が実ったのよ。だから詩織もきっとうまくいくわ」
翌日の放課後、私は下校する悠馬を追いかけた。
「悠馬!」
「詩織……」
あれから一度も言葉を交わしていなかった。気まずかったのだ。
「あの時はありがとう。あのジンクス、当たっているよ」
と、私は飴を差し出す。
「これって」
「恋が叶う飴。あげると恋が叶うっていうから、私も恋を叶えたくって持ってきちゃった。あげる」
悠馬はゆっくりと頷いた。私はそっと悠馬の手を握った。
作者 桑原茜
最初のコメントを投稿しよう!