飴色乃恋 「詩織編」

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飴色乃恋 「詩織編」

「もう6年生か」  春吉小学校に入学してからもう6年。あっという間の時間だった。  自分の思い描いたように過ごせていると思う。友達も沢山できたし、委員会では委員長になれたし、給食もおいしい。パパはお医者さんだけど、勉強しろとも言われない。他のクラスには中学受験をする子もいるみたい。その子たちと私は違う。私は自由だ。家に帰ればママの料理は美味しい。ママはカフェをやってるから、料理は大の得意だ。私もママみたいになりたいな。どうやったらなれるんだろ。上手になるにはいっぱい食べなくちゃ。食べれば食べるほど、身長が伸びている気がする。 「行ってきます!」 「行ってらっしゃい詩織。気を付けてね」  いつものように登校する。家を出て学校に向かった。気候がいい季節で過ごしやすい。 歩くだけで気持ちが良いものだ。  するとクラスメイトの悠馬が先を歩いていた。 「悠馬! おはよう」 「おっす」  悠馬とは仲が良くて、クラスの中では唯一気の合う男友達だった。  彼が何かを手に持っていることに気付いた。それは赤い飴だった。もちろんお菓子を持ってくることは学校では禁止されている。 「お菓子持ってきたら怒られるよ」  と私は注意するが、 「うるせえ」  と返されてしまった。もう、そんな言い方しなくてもいいのに。でも注意が効いたのかすぐに食べきった。でも同じく同じクラスの春樹が後ろから登場し、私たちの会話に混ざってくる。 「このりんご飴、恋が叶うジンクスがあるらしいぜ。好きな奴でもいるんじゃねえの?」  と、春樹はつぶやいた。  それを聞いた悠馬は、顔を真っ赤にした。まるで本当に好きな人がいるんじゃないかと思わせるくらいに、わかりやすかった。恋なんて全然興味がなさそうだし、悠馬らしくないのに。  それからなんとなく、悠馬に避けられているような気がしていた。図工の時間は隣の席なのに、一度も自分から話しかけてはくれなかった。 「悠馬? ねえ、この粘土ってどうやって着色するの?」 「……ああ、こう」  返事があったかと思えば、この程度だった。まるで人が変わってしまったみたい。なんだか顔も赤いし、熱でもあるんだろうか。少し心配だ。  こんな調子なので私から話しかける回数も減っていく。こうやって人間関係って変わっていくんだ。  数日後、運動会が開かれた。気候がいい季節に運動会はつきものだ。生徒たちは体操着を着て、校庭で自分のクラスを応援する。  たくさんの家族もやってきた。私の家族も例外ではない。パパもママも仕事で忙しいのに、今日は無理して休暇を取ってくれたのだそうだ。 「頑張れー! 負けるな―!」  悠馬は誰よりも応援に力を入れていた。それもそのはず。応援団の団長なのだ。彼はリーダー業のようなものが好きで、よく立候補していた。気合があり過ぎるのか、応援しすぎてバテているくらいだった。 「ふう……」  まあ気合が入るのは良いことなのではないかとは思う。 「まあまあほどほどにしときなよ。応援は点数に入んないんだし」  と、春樹が言うと、 「こういうのは気持ちだから、冷めたこと言うな」  と悠馬は言い放ち、応援を続ける。  悠馬はこういうところがある。気持ちが熱いのだ。 「お前には負けるぜ」  と、春樹も応援を始めた。そういえば春樹も応援団の一員だったのだ。すっかり忘れていた。そんな会話をしていくうちに、競技はどんどん進んでいく。  徒競走に大玉転がし、騎馬戦など、バリエーションは豊かである。他の小学校は競技が減っているみたい。だからうちは特別なんだと思う。 「次の協議は借り物競争です。6年生の男子のみなさん、参加してください」  男子達は集合場所に集まる。三角コーンが立っているのでわかりやすい。女子はタオルや筆箱などの子供を自席で用意し、男子は走るのだ。  5年生の放送クラブの生徒が呼びかけをする。 「6年生の男子のみなさん、ボックスの中から一枚カードをひいてください。そこに借りて来なければならないものが書いてあります」  ルールはこの学校オリジナルなんだそうだ。  男子は一枚ずつカードをひく。そして、そのカードの内容を一人ずつ発表しなければならない。 「僕は紅白帽でした」  と、借りやすい人もいれば、 「ランドセルです」  と、教室まで戻らないといけない人もいた。 「では、借りてきてください。よーい、スタート!」  ドンッ! と勢いよくスタートの合図が鳴らされると、生徒たちは一斉に駆けていく。借り物競争は今年始まったばかりの競技なので、みんなわくわくしていた。  第一レースでは、私達のクラスは運動靴だった。一人の女子が自分の靴を脱いで手渡す。 「これ! 頑張ってね!」 「サンキュ」  男子が受け取った。なんでも二人は付き合っているらしく、 「熱々だなあ~」 「ヒューヒュー」  なんていう声も聞こえた。まだ小学生なのに付き合っているだなんて、凄いな。私にはまだ考えられない。恋ってどういう感情なんだろう。アイスが好き、とか、アニメが好き、だなんていう感覚とは違うんだろうか。  その男子は運動靴を持つと、すぐにゴールした。一着となり拍手が起こった。 「やったー!」  我がクラスの生徒の喜びようは凄かった。 「第二レースの準備をしてください」  男子達がボックスからカードをひいた。うちのクラスは悠馬だった。 「では借りるものを発表してください」  悠馬は発表する。 「好きな人……です」  全校生徒がざわつく。 「好きな人!?」 「悠馬の好きな人って誰だ!?」  悠馬の顔は真っ赤だった。このボックスのカードは生徒会が作っているはずで、遊び心のあるカードも含まれているということだった。でもあまりにも直球だ。これでは悠馬は好きな人を発表しなければならなくなる。  これには先生も驚いたようで、すぐに悠馬の元に駆け寄っていく。そして、 「カードを替えるか?」  なんてことを言いに来ていた。だがその行動に、全校生徒は大ブーイングだった。一人の恋の物語が見られるのだから、チャンスを逃すと思えば当然のことだろう。それを見たからか悠馬は、首を横に振った。 「おおお! カードを替えないって!」  悠馬には恋人がいないはずだった。でもここで発表しようというくらいなんだから、実はいるのかもしれない。全校生徒は息を飲んだ。 「では、よーい、スタート!」  合図があると、男子達は一斉に駆けだす。でも当然、全員の視線は悠馬にあった。 「あいつ誰の所に行くんだろ?」  クラスの女子たちは顔を見合わせると、 「玲奈じゃない? 最近隣の席になったじゃん」 「いやいや、あっちゃんでしょ。一緒に図書委員してるし」  なんて言い合っている。 「っていうか詩織じゃない? 一番仲いいし」  私まで話題にされた。 「ええ私? まさかまさか」  なんて私も否定する。まさか私に番が回って来るだなんて思わなかった。  悠馬は私達のクラスに向かってきた。 「やっぱりうちのクラスじゃん!」 「ほらあ! この中の誰かだよ!」  女子たちはキャッキャキャッキャとはしゃぎ出す。  すると悠馬は私の手を取った。 「へっ!?」 「やっぱり詩織じゃん!」  歓声が上がる。私の顔は真っ赤に茹で上がった。まさか自分だとは思わなかった。 「じょ、冗談でしょ?」  一応確認する。だってそんな素振りを感じなかった。だけど周りの子達は感じていたらしい。 「なんか最近詩織にだけよそよそしかったしな」  なんて声もあった。  悠馬は、 「冗談なんかじゃねえよ」  と、ポケットから飴を差し出し、私に渡す。 「これって、あのジンクスの……」  恋が叶う、と噂の飴だった。周りのみんなも知っていたらしく、盛り上がる。他のクラスや学年からも感性が上がった。 「一緒に来てくれるか?」  思いもよらないことに、私は頷くしかない。手を引かれて一緒にゴールまで走った。 「一着! ゴールしました」  悠馬と私がゴールすると、学校全体から歓声が上がった。  悠馬の手は温かかった。そして、私より少し大きく厚かった。いつの間にか成長していたんだ。少し前までは私の方が背が高かったのに。  手を繋いだことで、心臓がばくばくする。こんなに緊張したのは初めてだった。  ゴールしたことに対して拍手が起こった。私は恥ずかしくなって自分のクラスに戻った。  これを機に学校のみんなの中で、私達は付き合っているという認識になってしまった。  悠馬も私もそれを否定する機会もなくなってしまった。  それから私は悠馬のことばかり考えるようになった。朝すれ違う時も、目で追ってしまうのだ。  家に帰り、ふう、っとため息をついた。 「どうしたの? 最近元気ないじゃない」  ママが声をかけてくれた。 「ああ……まあ、色々あってね」  苦笑いする。すると、 「恋の悩みかな?」  と、聞いてきた。私は顔を真っ赤にしてしまった。  運動会に来ていたので、あの一件をママも知っているのだ。 「うん……実は」  私は今学校で起こってること、感じていることなどを話した。 「なるほど。それでため息をついた訳か」 「うん。なんだか悠馬のことばかり考えてしまうの。こんなことはなかったのに」  するとママはにっこり笑った。 「それは詩織も悠馬くんのことが好きなのよ、きっと」 「やっぱりそうなんだ」  自分の気持ちを薄々は感じていた。だけど人に言われると、どきん、とまた胸が高鳴る。 「好きだって言ってくれてるんだから、お返事してあげたら?」 「お返事?」 「詩織も好きだって伝えないと」  私はこくん、と頷く。 「でも、どうしたらいいかわからないの」  するとママは優しく私の髪を撫で、恋が叶うあの飴を手渡してくれた。 「おじいちゃんもおばあちゃんも、パパもママも、この飴のおかげで恋が実ったのよ。だから詩織もきっとうまくいくわ」  翌日の放課後、私は下校する悠馬を追いかけた。 「悠馬!」 「詩織……」  あれから一度も言葉を交わしていなかった。気まずかったのだ。 「あの時はありがとう。あのジンクス、当たっているよ」  と、私は飴を差し出す。 「これって」 「恋が叶う飴。あげると恋が叶うっていうから、私も恋を叶えたくって持ってきちゃった。あげる」  悠馬はゆっくりと頷いた。私はそっと悠馬の手を握った。 作者 桑原茜
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