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もし外まで音が漏れていたとしたら、こんな深夜にご近所さん達にはたいへんご迷惑をおかけするところではあるのだが、悪いのはあくまでアイツであって、まったく微塵も毛ほどもわたしに責任はない。
やはりわたしは完全無視を貫くことに決めると、また静かにドアから離れてベッドへと戻った。
それからもしばらくはチャイムが鳴り続けていたのだが、布団に潜り込んで我慢をしていると、いつしかようやくに静かになってくれる。
「ハァ……」
静寂を取り戻した薄暗い室内に、やっと諦めてくれたものかとわたしは安堵の溜息を吐く……が、その矢先。
「……!」
わたしは不意に強い視線を感じた。
それは、締め切られたカーテンの向こう側……ガラス戸を隔てたベランダの方から感じられる。
気づかれないよう、さりげなくそちらへ顔を向けると、わたしは薄めを開けてその場所を覗った。
……いる! やっぱりいた……思った通りにやっぱり元カレだ。
街の灯りを光源にカーテンに映る男のシルエットからでも、それがアイツであることが感覚的にわかる。
それに、わずかに空いた狭いカーテンの隙間からこちらを見つめる、あの黒い感情に満ち満ちた悍ましいまでにギラギラと輝くアイツの瞳。
諦めて帰ってくれたものかと思いきや、チャイムを鳴らし続けても無反応なのに業を煮やし、今度はベランダの方へ回っていたのである。
もう、ダメだ……。
ここまでくると、わたしも最早、我慢の限界である……アイツのストーカー行為は日に日にエスカレートしてゆき、ついにベランダにまで入り込むようになってしまったのだ。
なんとか穏便にすませるつもりでいたが、こうなったら最後の手段に出るしかない。
わたしはベッドから飛び起きると、そのままの勢いでキッチンへと向かい、よく切れる特製の包丁を手に取って今度はベランダへと接近する。
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