最後の手段

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 そして、素早く鍵を外してガララ…と一気にガラス戸を引き開けると……。 「このっクソストーカー野郎があぁぁーっ!」  躊躇いなく手にした包丁で元カレを肩口から袈裟懸けに斬り捨てた。 「……!」  だが、彼は悲鳴をあげることも、また、血飛沫を撒き散らすこともなく、その代わり驚いたような顔をすると煙のように霧散して消える。  まあ、それもそのはずだろう……なぜなら彼は生身の人間ではなく、その生霊なのだから。  彼が初めて深夜の訪問およびピンポンラッシュをしてきた当初から、それが本体ではなく生霊であることにわたしは気づいていた。  わたしには、そうした霊を見たり感じたりする力──いわゆる〝霊感〟というものがあるのだ。  じつをいうとわたしの家は、奈良時代から続く〝呪禁道(じゅごんどう)〟という古い呪術を扱う(まじな)い師の家系で、どうやらその特異な能力を持つ血がわたしにも流れているようなのである。  呪禁道は中国の道教に連なる呪術であり、平安時代になると陰陽道の台頭により隅に追いやられてしまったが、それまでは陰陽師のように呪詛や怨霊を祓う公式な官職として、〝呪禁師(じゅごんじ)〟という役人が朝廷内にいたらしい。  その特徴は、やはり道教の道士と同様に「武器を用いる」呪術であり、今、わたしが元カレを斬った包丁もまた、道教系の霊符を彫り込んでそれ用に謹製したものだ。  さすがに生霊のストーカーは今回が初めてだったが、死霊に感してはままこんなことも時々あるので、こうした包丁を前々から用意していたのである。  やはり、常日頃からの備えというのは大事である。  ま、いずれにしろ、これでもう元カレの生霊が現れることもないであろう。  生霊をぶった斬ったので本体の方も無事じゃすまないと思うが……そこまではわたしの知ったこっちゃない。
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