愚か者たち

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 そしてついにテレビとラジオのレギュラー番組がそれぞれ1本だけになった時、相方が解散、そして芸能界からの引退を持ちかけてきた。 「俺の親や親戚まで嫌がらせを受けている。このまま人前に出る仕事なんかできない」  相方はそう言った。俺も同じだった。無関係の親兄弟親戚が嫌がらせを受けている。いままでは「あの子は私の子だ」とか、「親戚だ」とかさんざん自慢していたのだ。その反動は大きいだろう。  でも俺は首を強く横に振った。 「何を言ってやがる。俺たちは芸人を辞めなきゃいけないほどのことはしていないぞ。粘り強く続けていこう。俺たちは面白い。人を笑わせる力があるんだ」  相方は反論した。 「さほど悪いことはしていないけれどイメージが悪化して消えていった芸能人や有名人は多いだろう? 芸能界ってのはシビアな世界なんだ」  そんなことは俺だってわかっている。 「本当に追い込まれる前に自ら潔く引退するべきだ」  その言葉は頭にきた。 「『潔く』? 潔くならなければいけないことを俺たちはしたのか?」  思わず怒鳴り声を上げた。相方はうつむいた。彼だってわかっているのだ。  しばらくの間があって相方は言った。 「幸いにしていままでの貯えがまだ十分にある。お前もそうだろ? それだけの金があればいまからならまだやり直せる。タワマン暮らしも止めて高級な車なんかも売り払えばいい。そして他の道を探そう」  確かに貯えは十分にあるし、現金以外の資産も売り払えばかなりの金になるだろう。でもそういう問題じゃない。 「そういう問題か? いま解散して芸能界を引退すれば、世間に出回っている間違った情報が正しかったと認めるようなものだぞ」  相方は眉間に深い皺を寄せて目を瞑った。そんなことも彼は当然わかっている。全てをわかった上で言っているのだ。  相方は奥歯を食いしばってから 「じゃあどうすりゃいいんだよ」  と怒鳴った。 「粘り強く続けると言ったが続けられると思うか? 続ければ続けるほどさらに追い込まれていくだけだぞ」 「裁判をするんだ。せめて判決を待ってからにしよう」 「最終的な判決が出るまでどれだけの時間がかかると思うんだ? マネージャーが言っていた通り、その間に俺たちは世間から飽きられてしまうだろう。それに、誤解が完全に晴らせるとは俺にも思えない。一度付きまとってしまった悪いイメージは払拭できないぞ」 「だからと言って他の道でやり直せると思うか? 犯罪者かのような、めちゃくちゃな噂を流されている俺たちが何かを新しくやり直せると思うか?」 「人前に出なくなれば世間はそのうち忘れてくれる」 「忘れられるわけがないだろ。誤情報ってのはずっと残って永遠に忘れられることはないんだよ」 「それでもこのまま芸能界を続けるよりはマシだろ?」 「芸能界以外を経験したことあるのか? 他の業界の方がマシだとなぜ言い切れる? それにさっきも言ったように、犯罪者かのように思われている俺たちがまともに他の仕事に就けると思うか?」  しばらく激しい言い合いになった。でも解決方法は一向に見当たらなかった。  言葉が切れて場が静かになった。俺も相方も大きなため息をつき、大きく肩を落とした。何かを言おうとするが言葉にならなかった。相方の方も同じようで、口を開きかけては閉じるということを繰り返していた。  俺の額には大量の汗が流れていた。頭を抱えた。どうしてだ? なぜこうなった? すべてが上手くいっていたはずなのに……  と、そこではっと目が覚めた。ほとんど何もない真っ暗な世界だ。元の世界に戻ったのだ。
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