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「どうだい? ”別の人生”は? なかなか面白い人生だったろ?」
卑しく笑う小人もいた。
「どこかだ? まったく面白くない。なんだよあの人生は? ろくなものじゃなかったぞ」
俺が強く言うと小人は真顔になって強い調子で言った。
「いま見せたものとは違う別の人生を用意しろというのならできるよ。でもな、不思議なことに人間ってのはどんな人生であっても、何をどうやっても難儀な人生になってしまうんだよ。これはこの俺様の能力を持ってしてもどうにもならないんだ。これには驚いたな。どうやら人間の人生ってのは難儀なものになるというのがこの世界の自然の摂理らしいんだな。要は人間ってのはそれだけ愚かな生き物だってことさ。だから他の人生を作ってやってもいま体験した人生と大して変わらない人生になるぞ。それでもいまの引きこもりの人生に比べたらずっとマシじゃないか?」
俺は黙って腕組みをした。
「ああ、それと重要なことを言っておくが、引きこもりのお前は俺と出会ったわけだから俺のことを覚えているが、別の人生のお前は俺と出会っていないから俺のことはまったく知らないぞ」
と小人はいままででいちばん下卑た笑みを浮かべた。
なるほど、こいつの目的はそれか。
引きこもりの俺に用意した別の人生ってのは確かにいまの引きこもりよりはまともな人生だろうな。しかしそこには引きこもりとはまた違う、新たな大きな苦悩が待っている。引きこもりをしているいまのこの人生を知らないならなおさら悩むことになる。「あの、引きこもりだった人生に比べたらいまはずっとマシじゃないか」と引きこもりの人生と比較することで溜飲を下げることができないからだ。
だからといって元の引きこもりの人生に戻っても「やはりあちらの別の人生を選んでおけばよかったか?」と生涯思い悩むことになるだろう。つまりどちらを選んでも俺を待っているのは頭を抱える人生なんだ。
しかし、こいつにとってはそれが楽しくて仕方ないのだ。こいつは俺がどちらかの人生を選択した後いなくなる。そしてどこかから俺を観察して過ごすのだろう。どちらの俺を観察することになっても楽しくて仕方ないのだ。こいつにとってはそれが”立派な暇つぶし”になるんだ。
俺はモニターを見た。そこには額に汗して頭を抱えている俺が映っている。
俺はモニターを指差して
「ちょっとここがよくわからないんだけど」
と言うと、小人は
「ん? 何が?」
と俺に背を向けてモニターを見た。
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