愚か者たち

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 俺は、『ほとんどが無くなった』と言われた”こちら側の世界”の俺の部屋をもう一度、今度はゆっくりと見渡してみた。するとすぐに普段との違いに気がついた。いつもはゴミが大量に詰め込まれているビニール袋がいくつも床に散乱しているのだがそれらがひとつもなかった。部屋の隅に乱雑に固めて置かれているシャツや下着などの衣類もなくなっている。テレビとそれにつながっていたゲーム機と山のように積まれていたゲームソフトもなくなっていた。本棚はあったがそこに隙間なく詰め込まれていた本やDVDなどは消えている。机の上にあって先ほどまでネットをしていたパソコンも小人が出てきたモニターだけを残してパソコンの本体やキーボードやマウスなどが消えた。までなくなっている。そして普段は自ら開けることはほどんどないドアや窓も存在してなかった。  他に部屋に残っている物と言えば俺がいま座っている椅子と机、万年床になっている布団だけだった。他に強いて言うならこの部屋を構成している壁や天井や床は存在していた。邪魔なものもないが娯楽要素のあるものも全くない、実に殺風景な状態になっている。そして部屋全体を暗闇が覆っているのだ。  俺はその光景に呆然としながらも自然と立ち上がって静かに部屋の中を歩いた。普段はひどく散らかっているためまともに歩くことは容易ではないのだが、いまは部屋の中央には布団しかない。その布団に触るといつもの柔らかさを感じた。しかし、それ以外の感覚は少なかった。本棚は子供の頃からこの部屋にあった大きなものだが中身が消えたいまは無用の長物でしかない。壁やら床にも触れてみたがそれらには特に感慨などない。一通り終わると俺はまた呆然と椅子に座った。相変わらず小人はニヤニヤしている。いったい何がそんなに面白いというのか? 「どうだ? これは夢か?」  と聞いてくる。どうやら夢じゃないようだ。頭がおかしくなって幻覚が見えているというわけでもない。いま自分が感じている感覚はそんなおぼろげなものじゃない。もっとしっかりとした存在感がある。『ほとんどが無くなった』という世界で”存在感”などというのは矛盾しているかもしれないがとにかくそんな感じなのだ。 「どうやらようやくわかったようだな」  少し落ち着いた俺の様子を見て小人は言ったが、次の言葉にはまた驚いた。 「それからもうひとつ重要なことを言っておくが、お前自身も最低限にしか存在していない状態だ」 『は?』という顔で小人を睨んだ。小人の卑しい笑みがまた濃くなる。 「お前はまだ気がついてないみたいだが、お前の身体も外見以外の多くは無くなった。わかりやすいところから言うと心臓などの臓器がない。血液や体温も無くなっている、呼吸だってしていない。でも死んでいるのとは違う。一応生きている。一応存在している」  俺は胸に手を当てた。心臓の鼓動を感じなかった。体の温かみのようなものも感じない。息も吸ってないし吐いていないことに気が付いた。他にも表現するのは難しいが普段は感じている身体の感覚の多くを感じることができなかった。 「でも思考力はしっかり残っているはずだ。外見もそのままだ。歩くことなんかもできたし、皮膚の感覚、触覚もあっただろ? でも痛覚はない。この世界で痛覚なんか不要だ。目は見えるというより、感じ取って確認できているという状態のはずだ」  確かにその通りだった。
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