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「この世界は時間が進むこともない。だからお前は老化して死ぬということもない」
小人は淡々と説明を続ける。
「ほとんどが無くなってしまったお前は怪我や病気もしない。つまりこの世界ではお前はもう何をやっても死ねない。それはどういうことか? さっき忠告したように俺がこの世界をなんとかしない限りお前はこのまま永遠にこの何もない暗闇の世界に取り残されてしまうんだよ」
永遠にこの何もない暗闇の世界に取り残される……想像してみて俺の全身が激しく震えた。
「この世界でいましっかりと存在しているのはこの俺だけだ。そして俺以外にはこの世界をどうすることもできない。言ってみれば俺はいまこの世界の神みたいなものだ。わかったか? わかったら俺をもう少し敬え」
わかったとは言いがたいが、反論もできなかったのでうなずくしかなった。
小人は「ハハッ」と小馬鹿にしたように笑い、
「その顔、人間のそういう顔は最高だな。頷いてはいるがわけがわかってない。パニックになってるんだろ? 根本からちゃんと説明してやるよ」
と、さらに楽しげにニヤつきながら続ける。
「さっきも言ったように俺はお前らとは別世界の異世界人だ。俺たちの世界はこちらの側の世界とは比べ物にならないほど何もかもが発達した世界だ。概念や価値観がこちら側の世界とは全く違うから説明は難しい。だからその辺りのことは省く。そんなことは大して重要なことじゃないしな。で、そんな俺がこちら側の世界に来た目的は”暇つぶし”だ」
俺は眉間に深い皺を寄せた。
「俺たちからしてみればこちら側の世界の人間というのは愚かで劣等な存在であらゆる能力で俺たちの方が遥かに優れている。一瞬にしてお前たちの世界をほとんど無にしたんだ。俺たちの力がどんなものかわかるだろ? 俺たちからしてみれば人間てのはこの世界の”蟻”のようなものだな。まあ蟻と違って体は俺たちより人間の方がずっと大きいけどな」
蟻と人間。確かにその差は歴然だ。いやそもそも比較対象にさえならない。次元がまったく違う……ああ、なるほど。そういうことか。こいつにとって俺たち人間はその程度の存在でしかないわけか。
「で、暇な時にはごくたまにこちらにやって来て”暇つぶし”するんだ。人間がごくたまに蟻をいじって暇つぶししたりすることもあるだろ? あれと似たようなものだな」
蟻をいじって暇つぶししたことなどあったかどうかわからないが、忘れているだけで多分あったと思う。
「いままでいろんな人間に出会って、いろんな暇つぶしをしてきたけれど、今回はいままでにやったことのないことをやってみようかと思ってな。初めてこうやってこちらの世界をほとんどを無にしてみた。そしてお前のところに来た」
と言って小人は俺の顔を小さな指で指した。
「お前はこの世界で、ただでさえ劣等で愚かな人間という存在の中でさらにどうしようもない”引きこもり”とかいうやつだろ? この世界の最低の落ちこぼれだ。そうだな?」
ああ、これは夢や幻じゃないな、と俺はあらためて思った。こんな現実を容赦なく叩きつけてくるなんて夢でも幻覚でもない。その通りだ。俺はこの家から、いや、この部屋からでさえめったに出ることのない筋金入りの引きこもりだった。
「お前の事はお前以上に知ってるぞ。ガキの頃からなにもできないダメ人間だよな? 勉強も運動も習い事も本当に何をやってもダメ。気も小さくて根暗で友達もできない。もちろんいじめられてばっかりだ。最低レベルの高校を1年も経たずに中退。仕事はバイト程度のこともろくにできないから続くわけがない。何もかも嫌になったが自殺するような度胸もない。それで引きこもって現在に至る」
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