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「それはつまり、引きこもりの俺を救ってやろうという、そういうつもりなのか?」
小人は首を横に大きく振った。
「救ってやろうとかそういうつもりは全くない。俺にとってはただの暇つぶしだ。でもお前にとってはひとつのチャンスになるかもってことだ」
「チャンス?」
小人は今度は首を縦に大きく振った。
「どうしてそんなことをしてくれるんだ?」
そう言う声が喉に詰まった。
「だから暇つぶしだって言ってるだろ。何度も同じこと言わせるな。本当に物分りの悪いやつだな」
小人は俺を小馬鹿にするが、俺は興奮する自分を抑えられず思わず立ち上がった。
「ただし」
と小人はそんな俺を制するように強い調子で言った。
「だからと言ってそんなに甘くないぞ。ただ単に、お前に別の人生をくれてやるってわけじゃあない。それじゃあ面白くもなんともないからな。俺は楽しみたいんだ」
その強く厳しさのこもった声には逆らえない迫力があり、俺は腰を再び椅子に戻した。小人はそれを見て、「ふんっ」と鼻を鳴らしてあざ笑った。そして今度はパソコンのモニターに手をかざした。すると真っ暗だったモニターがぼんやりと白んで光を放ち始めた。それはこの世界で唯一の光だった。
「このモニターの向こう側に、俺が一時的に作ったこちら側の世界とは違う仮の世界がある。そこにいまのお前とはまったく異なるお前の別の人生を用意してある」
モニターを眉間に皺を寄せて見てみたが、ただ白く光ってるだけだ。
「ここからが先が重要だ。別の人生とは言っても、それはまだ未完成だ。途中で止まっている状態なんだよ。人生というか”半生”ってやつだな」
そう言って白く柔らかな光を放っているモニターを指した。
「未完成?」
「ああ、そうだ。なかなか面白いところで止まっているんだぞ」
『面白いところで』をことさら強調して小人はまた楽しそうにニヤついた。
「そして……」
と、小人がいままでで最も嫌らしい笑みを浮かべた。
「その半生の続きはお前自身が作るんだよ」
俺は顔を歪めた。
「正確に説明する。お前はモニターの向こう側にある別の人生を選んでその人生の続きを作るか、こちらの人生を選んでいままでと変わらない人生を続けるかを選ぶんだ」
「選ぶ?」
「そうだ。もし別の人生を選んだら、いまはモニターの向こうにあるその別の人生の世界をこちら側の世界に構築してやる。でもそれが嫌だと言うなら新しい世界は作らずこちら側の世界をそのまま元に戻す。何もかも元通りになる。お前もいままで通りの引きこもり生活に戻る。どちらが良いかを選べということだ。そしてどちらを選んでも俺はその時点でお前の前から消えてやる。わかるな?」
わからない。俺の顔はさらに歪んだ。
「別の人生とは一体どんな人生で、どこでどう止まっているのか? そう思うよな? それは言って説明するよりも実際に体験した方がわかりやすい。これからその人生を体験させてやるよ」
「体験?」
もうパニックが最高潮だ。さっきから疑問符の付いた言葉しか発することができない。
「ああそうだ。俺が作ってやった別の人生というのがどういうものか、実際に身をもって知るんだ。仮想体験する、ということかな。それが一番わかりやすいだろ?」
そんな楽しそうに言われてもこっちは「はいわかりました」などと言えるものか。頭の中はもう混乱しかない状態なのだ。
「そして仮想体験が終わってからどうするかしっかり考えてみな」
俺は口を開けたまま動けなかった。
しばらく考えることができた。――しかし、こいつは隙がない。
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