愚か者たち

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 もちろん、俺にとっても相方にとってもそれは嬉しい悲鳴だった。レギュラー番組は増え、冠番組も始まり、プロになって6年目には冠番組が4本、他にもレギュラー番組は3本、ラジオ番組を含めると10本以上の冠番組とレギュラー番組を持ち、CM依頼も次から次へと舞い込んだ。俺たちがテレビに出ない日はなくなった。  同時に金に溢れることになった。年収は億を超えた。俺も相方もタワマンの最上階に住み、高級家具で部屋を満たし、高級車に乗り、たまの休日は高級な料理と酒を提供する店で女の子たちと戯れた。もちろん女の子にもモテた。劇場などで出番を終えて出ていくと黄色い大歓声に包まれた。順風満帆とはこのことだ。  とはいっても遊びは仕事に支障が出ないように細心の注意を払ったし、お笑い芸人としての努力だって怠らなかった。漫才のネタを毎日考え、日々研鑽して必死に練習した。漫才ばかりではなくフリートークでのトーク術や、冠番組で番組を盛り上げる為の上手い立ち回り方も研究を重ねた。努力の賜物が順風満帆を生み出していたのだ。  しかし、プロのお笑い芸人になって10年が経過した頃だった。俺たちに対する妙な噂が聞こえ始めたのだ。  俺が高校生の頃に酷いいじめをしていていじめ相手を自殺に追い込んだというものだった。相方の方は中学生の頃に不良グループに属していて恐喝した相手に酷い暴行をしたというものだ。  でも俺も相方も最初は取り合わなかった。むしろネタにした。「いま噂になっているように昔、俺らとっても悪かったんです。だから笑ってくれないと何をするかわかりませんよ」そんなことを言って客が笑ってくれるのは最初だけだった。  マネージャーや事務所の社長が「ネット上でシャレにならない噂になっているぞ」と険しい顔で言ってきた時にはもはやネタになどできない程の悪質な噂になっていた。  まず、俺の方は高校生の頃、いじめ相手に殴る蹴るなどの暴行を挨拶程度に毎日行っていて、でもそれくらいはまだマシな方で、皆の前で全裸にさせる、虫を食わせる、タバコの火を押し付ける、トイレに行かせず用便を廊下で無理やりさせてさらにはその汚物を食べさせる、等々をやった過去があるという情報がネット上に出回っていたのだ。なんだそりゃ? と俺は憤った。  相方の方は中学時代に恐喝をして相手を病院送りにして警察に捕まった過去があり、そのときの被害者は下半身不随になっていまでも不自由な生活をしている、というものだった。  どちらも事実無根だ。しかしSNS上ではそれらの噂が拡散され、匿名掲示板では専用スレまで立てられて誹謗中傷罵詈雑言が書き込まれていた。  俺も相方もいまの時代の有名人にしては珍しくSNS等は全くやっていなかったので気が付くのに遅れた。事務所から「事実じゃないよな?」と確認されたが当たり前だと強く答えた。なので事務所側も会見を開き「まったくの事実無根である。これ以上嘘八百をばら撒く人は特定して法に訴える」と強く世間に訴えた。会見には俺たちも出席した。そして俺は堂々と胸を張って「全てデタラメです。いじめなんかしていません」と言い切った。相方も隣で頷いていた。  これで収まるだろうと安易に考えていた。しかし一度生まれた誤情報というものは簡単には消えなかった。それがネットや世間というものだ。懐疑的な視線が付きまとった。  いや、それどころかネット上では俺の噂に関する”新たな証拠”なるものまでが出回っていた。
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