空服

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 私が会社のトイレで手を洗っている時だった。 「ミユキ、久しぶりやん」  化粧鏡に映り込んだもう一つの顔に振り返る。 「えっと」  動揺していると相手が吹き出した。 「ひどいなぁ。異動したらもう赤の他人なん? かつて結んだポッチャリ同盟はもう終わり?」 「もしかして……レイコ!?」  他支社に移った同期との思わぬ再会。私は声のトーンを上げた。 「やだほんと久しぶりー! 何か雰囲気変わった? てか何でここに?」 「これからこの支社で取引先と打ち合わせー」 「それはわざわざお疲れ様」 「ほんまに面倒くさいなぁ」 「……その割にはちょっと嬉しそうじゃない?」  私が訊くと、 「そ、そう? 気のせいやって」  レイコは詰まりながら返す。 「それよりミユキは元気してたー?」 「元気過ぎてこの通り」  私は自分の丸い頬を軽く叩いた。 「ストレスでつい食べ過ぎちゃって」 「分かるー、私も最近めっちゃ食べちゃう〜」 「本当に?」  目を細めた。レイコが一歩引く。 「何なに? その白い目は?」 「レイコ痩せたよね?」  レイコが着るカーディガンの裾を掴んだ。 「前と比べて別人じゃん! まさか……彼氏ができた!?」 「うんまぁ」  目を泳がせるレイコを激しく揺さぶり、 「おめでとう〜良かったじゃん!」  内心舌打ちをした。 「ちょっとやめてや……あっ、ミユキにええこと教えたげる!」  私はレイコから手を離す。 「良いこと?」 「痩せれた理由」  レイコはブルーカラーパンツのポケットからスマホを取り出し、操作する。 「これこれ!」  向けられたスマホに目を寄せる。液晶画面に表示されていたのは、涼し気な青色のワンピースだった。イメージ画像のタイトル部分には『空服』と書かれている。 「そらふく……?」 「ちゃうちゃう。くうふく、って読むんよ」 「何だかお腹が減りそうな名前だね」 「その通り!」  レイコが私を指差す。 「着るとほんまに腹ペコになってきて、自然と体がひきしまる服やねん。ほらよく着痩せするって言うやん? それはまさしくこのことやわ」 「またまたぁ、嘘でしょ?」  苦笑いを浮かべるも、レイコは真顔のままだ。 「ほんまやって! 彼氏にすすめられて色んな空服を着るようになったんやけど、見ての通り効果あってん! 良かったらミユキも試さへん?」  「ふーん……彼氏さんとはずいぶんラブラブなんだねー」  抑揚のない声音で返すと、 「あっ、いっけなーい」  わざとらしくレイコが声を上げた。 「もう打ち合わせの時間やー。ごめんやけど、そろそろ行くね」  レイコは手を合わせ、 「通販リンクはメッセージアプリで送っとくから!」  慌ただしくトイレから出ていった。 「空服ねぇ」  シャープになったレイコの腰回りや顔立ちを思い返しながら、私は呟いた。 ※
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