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「生き返った〜」
焼肉店から出た私は伸びをした。
「餓死するかと思った……このワンピは休みの日だけ着るようにしよっと」
肩から提げるトートバッグに目を落とす。ファスナーが開いた隙間からは空服が見え隠れしていた。
「ん?」
ふいに視線を感じて顔を上げる。すぐ脇をスーツ姿のサラリーマンが通り過ぎていった。
「……気のせい?」
今度は背後に違和感を覚えた。私は振り返る。建物の壁に寄りかかっていた中年男が顔をそらした。男はバツが悪そうな顔でスマホをイジり始める。
――さっきから何か見られてる? 何で?
考えた末にある答えに至った。
――もしかして私、臭ってるの!?
掌に息を吐き、袖に鼻を近づける。
――店を出る時にありったけのケアブレス飲んだし、消臭スプレーも使ったんだけど、足りなかった?
恥ずかしさに顔が火照る。逃げ出したい衝動に駆られ、足早にその場から立ち去ろうとするも、
「すみません」
ふいに声をかけられて立ち止まった。空色のジーパンにシャツ姿の青年が、カメラを手に近づいてきた。
「突然で失礼なのですが、写真を撮らせて頂けませんか?」
「シャシン? ワタシノ? ナンデ?」
カタコトで話す私に青年は屈託なく微笑んだ。
「お姉さんがあまりにもお綺麗なので、できれば写真をと思いまして」
私は呆気にとられる。
「本気で言ってるの?」
「だめでしょうか」
「別に良いけど……」
「ありがとうございます!」
かくしてプチ撮影会が始まった。どうして良いか分からず、最初こそやりづらかったが、
「そこで小首を傾げて、良いですねぇ」
「次は街路樹を背に……ああ美しい」
「物憂げな瞳でこっちを見て」
「良いね最高だぁ!」
グラビアカメラマン顔負けのヨイショテクのおかげで、最後の方はもはや全力で楽しんでしまった。
「良いのがたくさん撮れました。本当にありがとうございます」
満足げな青年に私は両手を振る。
「いえいえ! 私もこんな体験初めてだったから、いい経験になったわ」
「ちなみにこの写真をネットに上げても?」
私は狼狽える。
「そんな、私の写真だなんて」
「ちにみに僕、ストリートスナップの動画配信をやってるんです」
青年はスマホをこちらに差し向けた。
「こんな感じで」
「うそ? これって芸能人ともコラボしてるチャンネルじゃない!?」
食い気味に青年に詰め寄る。
「ご存知でしたか」
「大ファンなの! 私のなんかで良ければ、ぜひ使って!」
固めた拳を上下させる私に、
「交渉成立ですね」
青年は口の端を持ち上げた。
「喜んで頂けて何よりです」
頭を下げて青年は去っていった。その後ろ姿を見送ったあと、私は唇を一文字に結ぶ。が、堪えきれずに口元を覆う。こみ上げてくる愉悦に頬がだらしなく緩んだ。
「これで私も女優デビュー? ヤバっ!」
胸に広がる優越感。気づけば鼻歌を歌っていた。
「そうだ。彼のチャンネル登録しよーっと」
スマホを起動し、青年のアカウントをチェックした私は、
「えっ?」
と声を漏らしてしまう。青年が投稿した最新の動画をタップする。巧みな編集技術によって切り取られた自分が映し出される。
「もう動画ができたってこと?」
違和感を覚えた。さっきの今で編集作業が終わるだなんて、いくらなんでも早過ぎる。首を傾げ、呆然と動画が拡散されていくのをただ眺めていると、
「すごい。これって君?」
誰かに耳元で囁かれた。私は猫のような俊敏さで飛び退く。
「驚かせちゃった? ごめんね」
「あなたは……」
いつの間にかそばに立っていたのはカイトだった。
「確かサナの彼氏さん、ですよね? サナと一緒に食事に行ったのでは?」
「まいったな」
カイトは頬を指で掻く。
「サナちゃんとはそういう関係じゃないんだ」
「そうなんですか?」
カイトの言葉に一瞬浮わついた気持ちは、
「一緒に食事はしたけど」
すぐに沈んだ。
「本当にうまかったなぁ」
カイトが遠い目をする。
「どんなお店に行ったんですか?」
「いや、店は関係ないんだけどね」
「どういう意味ですか?」
「まぁ気にしないで」
眉根を寄せる私を前に、
「でも正直しつこかったから、終わりにしたんだ」
カイトは目を伏せた。
「大切な取引相手の一人だからって理由でわがままに付き合ってたんだけど、もう限界だったんだ」
端整な顔立ちに影を落とすカイト。
「あの、大丈夫ですか?」
歩み寄る私にカイトが力なく笑う。
「ありがとう。優しいんだね君は」
「いや、そんなこと」
「お願いがあるんだ」
カイトが私の手を握った。戸惑う私に構わず、カイトは口を開いた。
「話、聞いてくれないかな?」
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