空服

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※  化粧鏡の前でメイクを確認した。反転する私がスッキリとした頬を赤らめる。 「これで良し」  小さくガッツポーズを作ってトイレから出た。 「お待たせしてすみません」 「大丈夫。全然待ってないよ」  小走りで向かった先にはカイトがいた。 「それじゃあ行こうか」  頷いて私はカイトの隣に並ぶ。  ネオンが彩る夜の街を二人で歩いた。辺りを包む喧騒や熱気にあてられて、私の気持ちも高揚していた。 「すみません。すっかりご馳走になってしまって」 「謝るのはこちらの方さ。色々と愚痴っちゃってごめんね」 「気にしないでください。私が言い出したことなので」  カイトが立ち止まる。私は数歩先でカイトを振り返った。カイトは真っ直ぐにこちらを見ていた。 「ミユキちゃんは本当に優しいね。それにすごく魅力的だ」  胸の鼓動が早まる。 「いやそんなこと」 「あるさ。自覚ないの? ミユキちゃんすごく綺麗だし」  面と向かって褒められて、 「……ありがとうございます」  俯いたあとニヤけてしまう。 「あの青色のワンピース姿もすごく良かったなぁ」  カイトの言葉に思わず訊き返した。 「何でそれを?」 「お昼休憩中の君を見て、それでね。実はすぐ近くにいたんだよ?」 「そうだったんですか……恥ずかしいです」 「いっぱい食べることの何が悪いのさ? それにそんなミユキちゃんの一面にも、俺は惹かれるよ」 「そう、ですかね?」  心地良過ぎるカイトとの会話。私はむしろ怖くなってきた。 「あっ、ちなみにあのワンピは最近買ったばかりなんです。やっぱりデザインが可愛いですよね」 「デザインよりも」  カイトが私を見た。 「何でも似合うミユキちゃんの方が可愛い」    甘い言葉のラッシュ。私はダウン寸前だった。 「あの、その」   緊張のあまり舌がもつれる。 「ちち、ちなみにあの服、知人にすすめられて買ったんです」  動揺するあまり早口になってしまう。 「へぇー、会社の人?」 「元々同じ部署で働いていた同期です。レイコって娘なんですが」 「それってさ」  カイトが顎に手をやった。 「もしかしてあのレイコ?」  私は目を見張る。 「レイコをご存知なんですか?」 「仕事上関わることがあってね。それよりも彼女、今大変だよね?」 「大変って何でですか?」 「何でってそりゃあ」  カイトが虚を衝かれたような反応を示す。 「彼女倒れたんだよね?」 「そうなんですか?」  身を乗り出して訊き返す。 「それも昨日の話だってさ。仕事仲間から聞いたんだけど、荒れた食生活が原因で入院中らしいよ」  私は眉根を寄せた。レイコと直接話したのも昨日だ。となると、私と会ってすぐあとにレイコが体調を崩していることになる。そういえば自撮り写真付きメッセージに対する返信もまだない。 ――もしかして空服のせいで?   背筋に冷たいものが走る。私は無意識にトートバッグの紐を握りしめた。 「顔色悪いけど大丈夫?」  表情を曇らせるカイト。思考が現実に引き戻された。 「大丈夫です。ちょっとレイコのことが気がかりになって」  平静を装いながらも私はトートバッグを探る。が、 「あれ?」  固まってしまう。 「空服がない」  呟いた、直後。 「うわっ、マジか」  カイトが天を仰いだ。私もそれに倣う。冷たい粒が額の上に落ちてきた。 「通り雨だと良いんだけどなぁ」  カイトの願い虚しく。次第に雨脚が強まってきたかと思えば、バケツをひっくり返したような土砂降りが私達を襲う。 「これはヤバい。一旦どこかに避難しよう」 「はっ、はい!」  私達は走り出した。霞む視界に目を細め、水たまりを蹴って足を濡らし、入り組んだ路地裏を右へ左へと突き進む。  「ミユキちゃんこっち!」  カイトは私の袖を引いた。屋根がある場所にたどり着き、二人して息を整えたあと、 「ここって……」  私が生唾を飲み、 「ええっと」  カイトは目を泳がせる。目の前にあったのは、宿泊と休憩の料金が書かれた看板だった。カイトは深呼吸してから私を見た。 「……少し、雨宿りしてく?」 ※            
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