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※
「まずは体を拭こう」
部屋に入るなりカイトは私を脱衣所へと促した。
「部屋着っぽいのがあったよ。服が乾くまでひとまずこれに着替えて」
仕切り戸を閉めようとするカイトに、
「待ってください」
声をかけた。
「どうかした?」
「カイトさんもびしょ濡れじゃないですか」
「俺は後でいいから」
「でも」
「ミユキちゃんには風邪引いて欲しくないんだ」
カイトの思いやりに頬を緩ませる。
「……ではお言葉に甘えて」
「ごゆっくり」
遠ざかっていく気配。私はブラウスとズボンを脱いで下着姿になった。
「この状況ってもしかして」
膨らむ妄想。備え付けのバスタオルに顔を埋めた。
「ヤバいー! でも仕方ない、よね? これは不可抗力ってやつだし。でもまさか私なんかがあんなイケメンとこんなことになるなんて……これもみんな空服のおかげだわ」
そういえば。とふと冷静になる。
「忘れてた。空服、やっぱりどこかで落としたのかな?」
言いながら手を止めた。湿ったトートバッグに私は釘付けになる。開きかけたファスナーからはみ出た、青色の布の端――
「まさか」
手を伸ばした、次の瞬間。着信を告げるメロディーが辺りに鳴り響いた。
「びっくりしたぁ」
慌ててトートバックの外ポケットからスマホを取り出す。液晶画面上に浮かぶ名前に顔を歪めた。
「何よ今さら? せっかく良いとこなのに」
不満を漏らすも、
「もしもしぃ?」
声を外行き用に切り替える。
『ミユキ? 繋がって良かったぁ』
「レイコ大丈夫だったの!? 聞いたよ、今入院中なんでしょ?」
『知ってたん?』
「会社の知り合いから教えてもらった。メッセージも全然返ってこないし、心配してたんだよ」
『ごめん。ヤバ過ぎてそれどころやなかって……うっ』
「ちょっと大丈夫?」
『何とか。それよりミユキに伝えなあかんことがあって』
「どうしたの?」
『この前会った時にすすめた空服やけど、あれはあかん。私完全に騙されてた』
「な、何でなの?」
『あの服を少しでも着ければ確かに痩せれる。それはお腹が減るからやねんけど、空腹やったんはどうも人間の方やなかったみたい』
「どういう意味?」
『つまり腹を空かしとったんは空服自体やってん。空服にとって人間はただのエサやったってわけ』
「レイコ? あなたさっきから何を言って」
『信じられへんのは分かる。せやけど空服には絶対手を出したらあかん!』
乾いた衣擦れ音がした。私は振り返る。
「ひっ」
驚きのあまり悲鳴がのどに張り付いた。床に転がったスマホから、
『まさか手遅れやった!? よく聞いてミユキ、その服から、いや』
レイコの悲痛な叫びが聞こえてくる。
「カイトから早く離れて!」
トートバックから這い出た青色のワンピースが、ひとりでに宙に浮いた。
「バレちゃったか」
外側にめくれた襟元が、人間の唇のように動く。
「怖い思いをさせたくなかったから不意打ちしようと思ったんだけど、無理みたいだね」
私は腰が抜けた。
「レイコは逃しちゃったけど、サナは美味しかったなぁ……君はもう味見済だったからずっと楽しみにしてたんだよ。良いだろ? モデル気分だって味あわせてあげたじゃないか。ギブアンドテイクってやつさ」
ワンピースの真ん中に皺が寄る。それはまるで、歪んだ笑顔みたいだった。
「お腹が空いてすいて仕方ないんだ。だから早速」
獣の唸り声のような音と共に迫ってきた空服に、
「いただきまぁす」
「いやぁぁ!!」
私は飲み込まれていった。
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