私を忘れないで

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 拓海に連れられて、神社のある石段の前までやって来た。境内にあるベンチに座り、なにをする訳でもなくダラダラと時間を過ごすのがいつものお決まりのコース。頭ではなく体が覚えている。それが当たり前のように石段に足を踏み入れた。そのとき、誰かの声が後ろから聞こえた。 『──私のことはもう、忘れて』  私は振り返る。そこに人はいなかった。  でも、聞き覚えのあるその言葉だけは忘れる訳がなかった。茉莉乃の声だ。彼女はずっと訴えていたのだ。自分への警鐘として。  そして彼女のその声で、強制的に閉じられていたはずの記憶の扉が開かれていく。  溢れ出す。彼女の記憶が。  私のことを大切に想ってくれる優しい友人だった。  二人で交わした秘密を守り続ける強い心の持ち主で、拓海への恋心を抱きながらも私にはその気持ちを隠して我慢したこと。リカのことなんて拓海の記憶の中から消えちゃえばいいんだ、とかズルい考えを持ったこと。  神社の境内で彼にキスをしたこと。そのことを後悔するように、心の中でモヤモヤした気持ちを抱き続けていたこと。  結局あなたは優しい子だった。いつも私のことを気にかけてくれた。  全部知っている。全部覚えている。忘れる訳がない。消せる訳がないんだよ。あなたは私の中にいるのだから。 「どうした?」  拓海がそう声を掛けてきた。  彼には言えない。秘密にしなきゃいけない。だってもし真実を話してしまうと、拓海は子どもみたいにうわーんって泣くに決まってる。そうだよね? 「は? なんで笑ってんの?」 「ふふっ、なんでもない」 「訳わかんねー」  茉莉乃。あなたとの思い出は全部、覚えている。 『私のことはもう、忘れて』なんて、寂しいこと言わないで。私は絶対忘れないから。  ここはゲームの世界。決められた日常を送り、同じような毎日が続いていく。プレイヤーが主人公であり、彼らの行動が全てを左右する。モブキャラなんていてもいなくても変わらないのかもしれない。それこそ簡単に存在を消されてしまうほどに。  だけど、それでも、少しぐらい抗わせてほしい。私たちだって、生きているのだから。    みんなには秘密にしよう。誰にも言わない。私たちだけの秘密。  茉莉乃は私の中で生き続けている。たとえ世界が変わっても、私はあなたのことを忘れないから。これからも私を見守っていて。お願い。  茉莉乃。大好きだよ。いつまでも私の大切な友だちだよ。  目に涙が溜まっていき、それが下に落ちそうになる。それを優しい指先が拭ってくれた。 『──ほんと泣き虫なんだから。梨香は』  そんな声が、聞こえた気がした。
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