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その後夕方になり、放課後に校門を出たところで、別の高校に通う男子がこちらへ近づいてきたことに気がついた。
「よお」
彼は右手を上げてそう声を掛けてくる。
「拓海」
「なんだよ、驚いたような顔してさ。毎日会ってんのに」
「ねぇ、私ってさ、誰?」
「は? なんだよ誰って?」
「思い出せないのよ。自分のことが、自分の名前が」
「梨香だろ? 山口梨香。急になに言ってんの」
「梨香……。じゃあ、マリノって、誰か知ってる?」
「マリノ? 誰それ?」
「わかんない。でも、大切な人のような気がするの。絶対に忘れちゃいけない人」
「その人を忘れてんのかよ。ダメじゃん」
拓海は笑った。私がおかしなことを言ったからだ。私には、なにがおかしいのかすらわからなかった。
「お前なんかおかしいぞ今日。もう変なこと言ってないで、ほら行くぞ」
拓海は私の右手を掴んで無理矢理連れて行く。行き先はすでに決まっていたみたいだ。
公園に行き、おばあちゃんに会った。カン太の頭を撫でて、その後商店街にも行った。おばさんからミルクキャンディをもらい、次にたこ焼き屋のおじさんと話した。
私が好きな明太マヨ味のたこ焼きを拓海と一緒に食べる。彼は四つ、私は二つ。爪楊枝は三つじゃなく、二つだけ。
なにかを忘れている。大事なことを、決して忘れちゃいけないことを。
答えはやっぱり決まっていた。私を呼ぶ声は、皆同じ。
「あら、梨香ちゃん。こんにちは」
「梨香ちゃん。今日も元気そうでなによりね」
「おう、梨香ちゃん。いらっしゃい!」
皆が私のことをそう呼ぶ。私は梨香。私は梨香なのだ。どこからどう見ても、私は梨香。だけど、本当の自分は別にいるような気がした。
『魂は生き続ける。たとえ、それが目立たないモブだとしても』
唐突にそんな言葉が蘇る。これは誰の言葉だったのか。思い出せない。
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