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「ま、魔物!」
何故、そんな悲鳴をあげる?
騎士見習いなら魔物討伐くらい経験あるだろう。
『武器も持たぬ一般の人間なら魔物は脅威だが、あの程度、ライラなら楽勝だろう』
防具も剣もあり、人間よりも半獣人なので身体能力も上。
楽勝しかない。
しかも、半獣人には獣人形態と言う奥の手もあるはずだ。
なのに、何故かライラは緊張しきっていた。
「そ、そうですね」
覚束無い手で剣を抜くが、何故かその手が震えてる。
汗までかいている。
おい、まさか。
『ライラさん? つかぬ事をお聞きしたいのだが、実戦経験は? 獣人化できますよね?』
「私は騎士見習いになったばかりで、素振りなどの訓練しかしたことはありません! 見回りで犯罪者を捕まえたこともありません! 騎士見習いになる前も畑仕事しかしたことはないです! 獣人形態も知りません!」
元気に言うな!!
胸を張って言えることじゃねえ!
こいつ、対人も対魔物戦の経験もないのかよ!?
なんで騎士見習いになったんだ!?
とんだポンコツじゃねぇか!
使えねえ!
「ゥゥゥゥゥ」
魔狼は明らかに飢えていた。
肋が見えるほどに痩せている。
超空腹状態で現れた新鮮な肉だ。
見逃すはずがない。
しかも、魔狼は一匹だけではなかった。
「「グルルル」」
さらに二匹の魔狼が闇の中から姿を見せる。
一匹なら指示して戦わせてもよかったが、手間取ってる間に俺が襲われても困る。
『仕方ない。身体を借りるぞ? 力を抜け』
「え?」
『『精神憑依・操身』』
俺はため息をつきながら魔法を使い、ライラの意識に自分の意識を混ぜた。
『うわぁ!? え? 私の身体? ここどこです?』
『あ~! 喧しい! 黙ってろ』
気が散る!
ライラの意識もある状態にしており、身体は俺が動かしているので、ライラにして見れば、第三者の視点で戦いを見ている状態なのだ。
「身体が動くのは素晴らしいな!」
赤子の身体だと立つことすらできないのだ。
剣を握る感触、踏みしめる大地の硬さ、夜の澄んだ空気、全てが素晴らしい。
魔法で倒しても良かったが、なにぶん赤子の貧弱な身体で何処までの魔法を使えるか自信がない。
「グルルル」
「さて、やるか」
俺は剣を握る手をダラリと下げて半身になる。
◆ ライラ視点
私は今、奇妙な場所にいた。
真っ暗な空間で何故か少し離れた場所に身体はある。
私の意志と身体が引きなされてしまったらしく身体を動かそうとしても指1本動かせない。
何から何まで普通じゃない赤ちゃん--ラグナが私の身体を使ってるらしいけど、なんで産まれたばかりの赤ちゃんが剣術なんて知ってるんだろう?
と言うか、魔法使ってる時点で普通じゃない。
生まれた時から魔力を多く持つ赤ちゃんが極々稀にいるらしいけど、生まれたばかりの赤ちゃんに魔力の制御なんてできるはずもないし、魔法を扱えるなんてありえない。
しかも、あの紅い瞳。
異常さと見た目といい、本物の魔王の生まれ変わりとかなのかしら?
私は身体が動かないので、ボンヤリとラグナについて考えていたのだが、すぐに考えるのを止めてしまった。
私の身体を操っているラグナの動きに目を奪われたからだ。
「さて、かかってこい」
私の身体を使っているラグナは剣をバトンの様に軽々と振り回すと、奇妙な構えをとった。
ダラリと腕を下げ、身体は軽い半身。
普通は踏ん張りがきき、動きやすいようぬ両足を多少開くし、剣だって両手で自分の身体の前に構えるのが基本的な構えだ。
あんな無防備に見える構えは見たことがない。
剣を下げてしまっては、急な攻撃を防ぐのにわざわざ剣を正面に構えないといけないし、その一手の遅れは致命的になるはずだ。
なのに--。
(どこから攻めても切られそう)
半獣人だけあって私は昔から勘よかった。
獣人譲りとも言われるその勘が告げていた。
あの構えははったりではないと--。
「ウォンンン!」
飢えきった魔狼はそんなものは関係ないとばかりに襲いかかっていく。
「はっ!」
勢い任せに突っ込んできた魔狼の勢いを利用し、上顎と下顎を断つ。
自分自身も前に出ると同時に身をかがめて魔狼の突進の軌道から逃れると同時に、開いた口めがけて剣を斜め上に振り上げる様に振ったのだ。
本来なら魔狼が噛み抑えたかもしれない。
だが、ラグナは魔狼が上顎と下顎を閉じるよりも速く剣を加速させて切り裂いたのだ。
顔半分を失った魔狼はそのまま突撃先を失い、鮮血を撒き散らしながら地面にグチャリと落ちて転がる。
それでラグナは終わらなかった。
一匹めを切り倒しながら踏み込みの勢いを利用して二匹めとの間合いを詰める。
魔狼はまったく反応できていない。
「ふっ!」
一匹めの魔狼を切り倒す際に振り上げていた剣をそのまま弧を描く様な軌道で振り下ろす。
ザクっ!
安物の私の剣とは思えない切れ味で二匹めの魔狼は頭を頭蓋骨諸共左右に割られた。
「うぉ!?」
一瞬で仲間が全滅した三匹めは驚きに目を見開くが次の行動をとる事はラグナが許さなかった。
「せいっ!」
振り下ろしていた剣を手首を返して刃を下から横へと返ると、踏み込んで沈み込んだ身体をバネ人形の様に跳ねあげ、その勢いで下から魔狼の首をはね上げたのだ。
満月の夜空に魔狼の首が回転しながら舞う。
10秒あるかないかの間に魔狼3匹が倒されてしまった。
(え? 夢? これ本当に現実……よね?)
ラグナの技量は間違いなく騎士団長よりも強い。
模擬戦などで先輩騎士や冒険者の戦いを見たことがあるが、あれ程の剣術は見たこともなかった。
(この子なら私を強くしてくれるんじゃ……)
私はラグナが私の身体を操っているのを眺めながら、胸が熱くなるのを感じた。
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