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鼻水をすすりながら食べ終えたあとは、食器を洗って乾燥機へ。
スイッチを入れてあった洗濯機はとっくに脱水を終えていたので、取り出して干すことにする。
ベランダへの戸を開けると、晴れ渡った青空が目に飛び込んできた。
いつも夜のうちに洗って干して、日が暮れて帰ってきてから取り込む生活を送っていたから忘れていた。
昼間の空はこんなにも青く、清々しい。
「掃除機ぐらいかけるがよい。今日は来客があるのだろう」
「あー、不動産屋ね」
この家の処遇については、不動産屋に任せてある。
生前、祖母は賀川さんに相談を持ち掛けていたらしい。地元の名士は不動産業にも顔が効く。
来客用の和室に掃除機をかける。
窓を開けて換気すると、冬の冷たい空気にピリリと満たされるが、なんだかそれすら気持ちがいい。
目の前が晴れたような感覚。
失われていた気力が復活してくる。
ご飯を食べないと駄目って、本当なのかもしれない。
「ねえ、ツクモさん。賀川さんにお出しするなら、コーヒーと緑茶、どっちかな」
「訊ねればよかろう。知らぬ仲でもあるまいに」
「たしかに顔見知りではあるけど、そんな気軽な仲じゃないよ」
相手は父親世代。日常的に顔を合わせているわけでもないひとに対してフレンドリーに話ができるほど、コミュニケーション能力は高くない。
「来たか」
「え?」
ツクモさんが呟く声に重なるように、玄関チャイムが鳴る。次いで「ごめんください」という若い男の声。
え、誰?
急いで玄関に向かい、扉を開けた先に居たのは、眼鏡をかけた若い男性だった。
「あの……」
「父が来る予定だったんだけど、おまえに任せるから行ってこいって言われちゃって。突然ごめん。僕のこと、わかる?」
「――みゆ、くん?」
「うわ、その呼び方すっごい久しぶりに聞いた。だいたい『ゆき』のほうで呼ばれるからさ、朝ちゃんぐらいしか言わないんだよ」
別の高校に進学して、すっかり顔を合わす機会が減ってしまった賀川深雪くんは、幼いころの雰囲気をどこかに残しつつ、しっかりとした社会人に成長していた。
家族だし、父親の代理でやってくるのは、そうおかしなことではない。
わたしがひどく驚いたのは、彼の顔である。
彼は――成長したみゆくんは、ツクモさんと同じ顔をしていたのだ。
眼鏡を外してしまえば、ツクモさんそのものかもしれないってぐらい。いったいどういうことなんだ、これ。
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