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「いやあ今日は旅立ちにはもってこいの天気だね」
「卒業式は明後日ですよ、会長」
生徒会室の一番奥の椅子に座る彼女は窓から差し込む陽光に目を細めた。
僕の座る場所はちょうど影になっていて彼女の姿が眩しく見える。
「細かいことを気にするね、副会長は」
「会長が一足先に旅立とうとするからでしょ」
「ということはまだ終わってないのかな」
「あと少しで終わりますから」
僕は机に広げた大量の書類とノートパソコンを見比べる。
年度末が忙しいのは知っていたがここまでの仕事量だとは思わなかった。去年も生徒会に所属していたがそこまで苦労した覚えはない。
生徒会には彼女がいたからだ。
「そんなことじゃ私の後釜が務まらないぞ、酒々井副会長」
「あなたの後を務められる人なんていませんよ、比良川会長」
このしがない公立高校に現れた初めての伝説。
それが生徒会長・比良川星だ。
文武両道を地でいく彼女は一年生で生徒会長を務め、成績は常にトップ。彼女が助っ人に入った部活は必ずと言っていいほど好成績を収めた。
「ほんとに卒業しちゃうんですか、会長」
「ああ。高校生だからね」
「会長も高校生だったんですね」
「中学生に見えるかい」
「化け物だと思ってました」
「失礼な後輩だ」
立派な革張りの椅子にだらしなく座る彼女が超絶ハイスペックには到底見えないが、その自然体なところこそが三年連続で生徒会長に推されている理由なのかもしれない。
僕は最後の書類を捌いて、ひとつ息をつく。
走る気持ちを落ち着かせて僕は会長のほうを向いた。
「会長は卒業したら何するんですか」
それは勇気を振り絞った質問だった。
彼女は卒業後の進路を誰にも話していない。教師や友達だけでなく親も何も知らないそうだ。
確かに会長ならどこで何をしようと問題はないだろうし、彼女が秘密にしようと決めたからには誰も暴くことなんてできない。
けれど尋ねずにはいられなかった。
「そうだねえ。宇宙にでも住もうかな」
「茶化さないでくださいよ」
「君は本当に私のことが好きだねえ。そんなに知りたいかい」
「はい、知りたいです」
今日で生徒会のすべき業務は終わり。明後日の卒業式では彼女は大勢に囲まれることだろう。
この二人きりの時間がラストチャンスだ。
「……そうだな。君にだけは教えておこう」
会長の優しい声に、僕はふっと張り詰めていた緊張の糸を緩めてしまう。
だから続く彼女の言葉をすぐに理解することができなかった。
「消えようと思ってるんだよ、ここから」
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