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「消える?」  意味が分からず僕は日向の彼女に尋ねた。  卒業ではなく、消える。彼女がそう言うならそれらはきっと意味の違うものだ。 「言葉通りさ。私の今も未来も過去もキレイさっぱりいなくなる。どこにも誰にも残らない」 「そんなの」 「無理だと思うかい?」  机に肘をついた彼女はにやりと唇の端を持ち上げる。僕は苦笑いを浮かべた。  その言葉は、彼女の前に限っては意味を成さないと僕はとうに知っている。 「まあ全部消すのはさすがに難しいけどね。卒業式のスピーチで聞いた人の記憶から私の思い出だけを消す呪文でも覚えようかな」 「卒業生代表挨拶でテロ起こさないでください」  会長のことだから本当に成功させそうでこわい。  けれど合点がいった。だから会長は誰にも卒業後の話をしていないのか。 「でもなんでそんなことを?」 「ゼロに戻したくてね」  ゼロ?  僕が頭に浮かんだ疑問を口に出す前に、彼女は話を続ける。 「バイアス、という言葉を知ってるかい」 「偏見とか先入観みたいな意味でしたっけ」 「さすがだね」  それだけで僕は安易に喜んでしまう。単純なものだ。 「小説や漫画なんかがわかりやすいかな。あの作者はすごい。だからこの台詞にはきっと深い意味がある。この文章は伏線に違いない。だってあの人が書いてるんだから」  本人は何も考えてないかもしれないのにね。  最後にそう告げた声は呆れているようにも、どこか寂しそうにも聞こえた。  「膨れ上がったバイアスをぜんぶ捨てて、フラットな目で私を見てもらいたくなったんだ」  あの彼女なら。あの生徒会長なら。あの比良川星なら。  そんな重力のような視線がどれほど彼女に圧しかかっていたかなんて想像もできない。  宇宙に住みたい、というのもあながち冗談ではないのかもしれなかった。
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