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『春の香りが一層際立つ本日、私たちのためにこのような盛大な卒業式を開いていただき誠にありがとうございます』  僕の声がマイクを通して体育館中に響き渡った。  壇上からは一人一人の顔が見える。整列した生徒も、教師も、保護者も全員がこちらを見つめている。  視線の重さを肌に感じながら、去年の生徒代表挨拶を難なくこなしていた彼女を改めて尊敬した。 『私たちは今日、卒業します』  僕がそう告げると、どこかですすり泣く声が聞こえた。生徒の誰かかもしれない。  明日から自分たちがここから消えてしまうとでも思っているのだろうか。  そう簡単じゃないぞ、と僕は心の中で苦笑いを浮かべる。  彼女の三年間を集めるのは想像以上に大変だった。  人の目に触れないところに保管してあるものもあったし、徐々に彼女の功績が消えていくことに気付いた学校側は対策と警備を強化して、その網を掻い潜るように立ち回る必要があった。僕が生徒会長でなければ辿り着けなかったものもあるはずだ。  その結果、本来半年ほどで終わる予定だったがほとんど丸一年かかってしまった。  会長の過去を独り占めできるとはいえ、その苦労は見合っていないような気がする。 『私たちはこの学校で学び得たことを活かして──』  ともあれ僕はなんとか会長の過去を集め終えた。この学校のどこにも彼女の姿や名前は残っていない。  一年をかけて、僕は彼女を消したのだ。  終わりましたよ、とどこにもいない彼女に向かって報告する。 『──高校の益々の発展を祈って、答辞といたします』  自分の名前を名乗り、卒業生代表挨拶を締める。  礼をする直前、綺麗に並んだ生徒たちが各々の想いを顔に浮かべているのが見えた。目を赤くしている人も俯いている人もいる。  会長も去年同じ光景を見ていたのだろうか。    じゃあ今の会長は何を見てるんだろう。  ふとそんな思いが頭をよぎる。  頭上で割れんばかりに鳴り響く拍手の音が他人事のように聞こえた。
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