簡易軌道

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 敬太(けいた)は北海道東部の中海(なかかい)という村に住んでいる。中海は酪農の盛んな村で、とても広い面積だが、人口は1万人ぐらいだ。かつては国鉄が走っていたが、今は廃線になり、現在はバスが主な交通手段だ。  敬太は1階の座敷から外の景色を見ていた。北海道はようやく春を迎え、これから雪が解けていくだろう。 「あれ?」  と、敬太は机の上にある古ぼけたアルミの箱を見つけた。これは何だろう。全くわからない。  敬太はその中身を知りたくて、リビングにいる父の元にやって来た。父なら、何かを知っているかもしれない。聞いてみよう。 「どうした?」  父はのんびりとテレビを見ている。敬太同様、父も今日は休みだ。 「お父さん、何これ?」  だが、父は首をかしげた。父も知らないんだろうか? 「わからない」  父も知らないとは。相当昔からあるんだろうか?  と、そこに祖父がやって来た。祖父はずっとここに住んでいて、父とともに酪農を営んでいる。 「これか? 見てみるか?」  祖父は知っているようだ。一体何だろう。敬太はワクワクしてきた。 「知ってるの?」 「うん」  祖父は笑みを浮かべた。その箱に対して、何か素晴らしい思い出があるようだ。  敬太は箱の中身を空けた。その中には、ビデオテープがある。 「何が映っているんだろう」  敬太はビデオテープをセットして、再生した。それは白黒の映像で、そこには国鉄の路線の他に、国鉄の車両よりも少し小さい車両も映っている。 「ん? これは、気動車?」 「ああこれか? 自走客車って言うんだ」  自走客車? 初めて聞いた名前だ。電車じゃないの? 「自走客車?」 「これは簡易軌道と言って、道路整備が十分じゃなかった頃に活躍したんだ」  この映像に映っているのは、簡易軌道と言って、北海道各地で走っていた軽便鉄道だ。今はもう全て廃止されたが、2018年に北海道遺産に認定されたという。 「そうなんだ」 「簡易軌道は大変だったよ。よく脱線するし、故障するし。だけど、交通の足がこれしかなかったし、物資を運ぶのにも使われたんだよ」  簡易軌道の運行は大変で、脱線や故障が多かった。だけど、生活のために大事な交通手段だったので、廃止にはできなかった。また、搾りたての牛乳を向上に運ぶのにも、簡易軌道は使われたという。 「そうなんだ」 「だけど、道路が整備されると、使う人が少なくなって、廃止になったんだ」  だが、モータリゼーションの進展によって、ここにも道路が整備されると、乗客は少なくなり、牛乳を運ぶ交通機関は簡易軌道からトラックに変わり、廃止になってしまったという。 「そうなんだ」  と、祖父は何かに気づいた。 「使われていた車両や機関車が残ってるんだけど、見るかい?」  その簡易軌道で使われていた車両が、この近くで保存されているという。だいぶ前からずっと走っていないが、村の人々によって、大切に保存されているという。 「うん」 「いいね。見に行こうよ」  明日は日曜日だ。その車両を見に行こう。  翌日、敬太と両親と祖父は、その車両が保存されている場所にやって来た。そこは、国鉄の駅の跡だ。簡易軌道はここが終点で、この駅には車両基地は転車台があったという。車両基地は解体されたものの、駅や転車台、そして車両が保存されている。 「これ?」  敬太は自走客車の前にやって来た。ドアが1つしかなく、とても簡素な造りだ。 「うん」  敬太は足元を見た。線路の幅が狭い。こんなに狭い幅のレールを走っていたとは。 「レールの幅が狭いね」 「ああ。ナローゲージって言って、JRよりも狭いんだよ」  この簡易軌道のレール幅は762mm。1435mm、いわゆる標準軌の半分に迫る狭さだ。こんな鉄道があったのか。 「そうなんだ」 「わし、思ってるんだ。いつか、これがまた走らないかなって」  祖父は思っていた。この自走客車が、再び人を乗せて走らないかと。そうすれば、新しい観光地として注目されるのでは? 「本当?」 「うん。観光目的で走らせたら、みんな喜ぶんじゃないかなって」  父もその意見に賛成だ。だが、本当に実現するんだろうか? お金がかかりそうで、始めたとしても、客が集まるんだろうか? 疑問だらけだ。 「いい夢だね」 「ありがとう」  だが、敬太はいい夢だと思っているようだ。祖父は少し笑った。
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