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───キスしたいからしちゃった……って……え?…………キスってそんな感じでするんだっけ…………!?
「昔……翡翠だって俺にキスしたじゃん『好きな者同士はキスするんだ』って」
言われてみれば、確かにした。黒曜が知らない女とキスしてるのを初めて見た夜、意味も解らず自分もしてみたいという衝動だけで蒼玉にキスをした。
しかし、それは子供の頃の話で……その意味すら理解していなかった。
「───そッそうだけど……あれは子供の頃の話だろ!?──それにあれはッ……キスってか“ちゅう”ってか……」
「一緒だよ」
「一緒じゃねぇよ!」
口ではそう言いながら、では何が違うのか?と聞かれれば……答えられない。
「…………イヤだった?」
僅かに首を傾げ、上目遣いの瞳が翡翠の機嫌を窺うように見つめた。多分本当に気にしてる。その証拠に頭の上の耳が悪びれるようにペタリと下を向いているから、すぐ解る。
「イヤじゃねぇよ……。ただちょっと……びっくりした」
翡翠は頬を紅く染めると、俯き不貞腐れたようにボソッと口にした。
本当に嫌だった訳では無い。びっくりしたと言うのも勿論本当だ。
しかし、なにより本当は照れていたのだ。
「………………じゃぁ……もっとしていい?」
「───え……」
思わず顔を上げた翡翠の言葉を待たず、再び唇が重なった。
今度はちゃんと蒼玉と“何をしているか”当然理解している。
温かい唇が優しく触れている。
───すげぇ…………柔かい……
すると今度は離れた唇が、翡翠の頬を柔く噛んだ。
「……ん……」
そのまま廊下の冷たい床が背中に当たり、その冷たい感触に初めて押し倒されたのだと解った。
狼の姿の時のように自分にまたがる蒼玉の肌の熱さが、浴衣から剥き出しになった足に伝わる。
「……蒼…玉…………?」
呆然とする翡翠の頬や首を、僅かに鋭くなった牙が、幾度も甘く噛み付く。
「───ちょっ…………待って…………」
長い前髪が蒼玉の顔を隠し、表情が読み取れない。ふざけているのか、揶揄っているのか、それともそのどちらでもないのかすら解らない。
戸惑う翡翠の腕を押さえ、少しづつ顕になっていく肌に蒼玉は何も言わず、何度も柔く牙を立てた。
腕に、肩に、胸に…………。
花火が途切れ、薄闇が満たす部屋に微かに荒くなった蒼玉の息遣いが響くように聞こえる。
「───ちょっと待って!蒼玉──」
すると再び花火が照らしだした部屋に、翡翠の笑い声が響いた。
「───くすぐったいって!……ま、待ってって──!!」
掴まれていた手を振りほどき、堪えきれないのか、逃げるように身体を丸めケラケラと笑っているのだ。
「…………も…………無理ッ………苦し…………」
それでも止めない蒼玉に、涙を流しながら翡翠は笑い転げている。
そして蒼玉の牙が柔らかい茶色の毛で覆われた耳に、今までより僅かに強く噛み付いた。
「───ァんッ……」
今までとは確実に違う声が響き、その声を隠せなくするように、今までよりずっと明るい大輪の花火が2人を照らしだした。
顔を真っ赤染め、自分の口を押える翡翠と
同じく真っ赤な顔で翡翠を見つめる蒼玉。
───今の…………声…………
蒼玉の鼓動が一気に早くなり、喉の奥がゴクリと音を立てた。
初めて聞いた声だ。
何処か艶かしい……
腹の奥に熱を持たせる声───。
───もっと……聞きたい──
床に着いた蒼玉の手が、僅かに強ばった。
「──お前ッ!」
しかし翡翠は蒼玉の胸を押し退けると
「耳は反則だろッ!」
蒼玉の腕の中から勢いよく起き上がった。
「ったくッ!──噛むなとは言わねぇよ!けど耳はズルだぞッ!」
少し動けば唇が触れるのではないかと思える程の距離で、相変わらず真っ赤な顔が怒っている。
「………………ズル…………?」
「そうだよ!前に決めたろッ!甘噛みする時耳はダメって!」
───え…………甘噛みする時……耳はダメ……?
「──ッたく!お前はすぐ耳噛もうとする!」
狼の愛情表現である甘噛みを、子供の頃は良くしていた。お互いじゃれ合いの延長で噛み付き合った。
しかしすぐに耳に噛みつこうとする蒼玉と、くすぐったがりの翡翠が時々喧嘩になり、琥珀に怒られた時『噛みつきっこ』の約束として決めたのだ。
まだ幸成すらいなかった頃の話だ。
───そうだ……。耳を噛んだ時の翡翠の反応が好きで……隙があれば噛み付こうとしてた…………。
「……そう…だね……ごめん……久しぶりで忘れてた」
蒼玉はそう言って笑うと、翡翠の乱れた胸元を直した。
「そうじゃなくても突然噛み付くから、びっくりしたのに……」
翡翠はまだ紅い頬を膨らまし、文句を言っている。
「ねぇ翡翠……」
「……なんだよ……?」
短い沈黙の後、名前を呼んだ蒼玉に、まだ少し不機嫌な声が返された。
「…………窪塚先輩にも……こんな風に噛みつかせたりする……?」
先程の見事な大輪がトリだったのか、静まり返った夜空に照らされることの無くなった部屋で、蒼玉が翡翠を真直ぐに見つめた。
しかし暗い部屋でその表情を見ることが出来ず、翡翠は僅かに眉を顰めると
「させるわけねぇじゃん。お前以外にこんな事させねぇよ」
そう呆れたように溜息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
───『今日はすみませんでした』───
メッセージを送ると、翡翠はスマホを枕元に置いた。
あれから何度か来ていた窪塚からの連絡をずっと取らずにいた謝罪のメッセージだ。
何故今日あんなに蒼玉が拗ねたのか、未だに解らない。
けれどあの後は2人でコンビニに夕食を買いに行き、いつも通りに過ごした。
いつもと違ったことと言えば、祭りに行けなかった事を蒼玉が何度も謝っていた事くらいだ。
───祭りなんか……これからだって毎年一緒に行けるのに……
翡翠は寝返りをうつと、隣で寝息を立てる蒼玉を見つめた。
久しぶりに同じ布団で眠る。
翡翠なりに、何故蒼玉があんなに拗ねたのかを考えて『甘えん坊の蒼玉』が、きっと寂しかったのだろう……と行き着いた。
そこで、時々は一緒に寝よう……と提案したのだ。
そこにはもちろん、“自分も寂しかった“という思いも足されている。
───けど……あんな風に泣く程寂しかったなんて…………
「…………まったく……蒼玉はまだまだ子供だな……」
そうポツリと口にすると、一気に眠気が身体を満たしていく。
ベッドについた灯りを消すと、久しぶりに蒼玉の体温に心地良さを感じながら、翡翠もゆっくりと瞼を閉じた。
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