さようなら

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さようなら

ナズが村を去って1ヶ月が経った。 別れ際はあっさりしたもので、村の入り口まで送ると「じゃあな」と言って去っていった。 あれから地震も大雨も起きていない。 でもナズが死んだなんて実感が湧かなくて、泣くどころか悲しむことすらできずにいた。 それはよく晴れた日だった。 久々の休日に客間の掃除をしていると、ベッドの下に小さな箱を見つけた。 見覚えのあるその箱は、弟の土産のついでにナズにあげたものだった。 なぜこんなものが?と開けてみると、中から淡い緑色の石が出てきた。 「暑い……」 朝から茹だるような暑さが続いた日、グッタリと机につっぷしながらナズが呻いた。 「ほんとに暑いな。山菜でも採りに行くか。ちょっとはマシだろ」 「山に行けば涼しいのか?」 グルンと首だけ回してナズがこっちを見る。ちょっと怖い。 「そりゃ涼しいだろ。なんだ?お前山に行ったことないのか?」 「ない」 変な首の角度のままナズが答える。痛くないのか、それ? 「そうか〜。なら今から行くか」 ウキウキと用意をしだす俺を、何がそんなに楽しいのかという目が眺めていた。 「涼しい……」 思いっきり空気を吸い込みながらナズがつぶやいた。 「気持ちいいだろ。暑い日は山菜採りがてら、弟とよく山にきてたんだ」 マムシやら色々気をつけないといけないけどなと笑うと、ナズは不思議そうな顔でまわりを見ていた。 「そうか。夏の山は涼しいのか。危険な生き物がいるのか。俺は、本当に何も知らなかったんだな」 思い出にふける。 本当は川に連れてってやりたかったんだが、どうしてもあの日以来川には近づけなくて。 川遊びも楽しいんだぞと、昔拾った石を見せたんだった。 あまりにも珍しそうに嬉しそうに見るもんだから、そのままあげたんだったな。こんなとこにしまってたのか。 ああ、ナズは本当に何も知らなかったんだな。涼しいとか、危険だとか、体験というものがごっそり抜け落ちていた。それはきっと、ずっと外の世界に出るとこなく生きてきた結果だったんだ。 途端にナズの死が現実味を帯びてくる。 閉じ込められ、役目から逃げることを許されなかったアイツは、最期に何を思ったのだろう。 たった49日間。外の世界はお前の目にどう映った?木々の青さ。夕焼け。土の匂い。守りたいと思えるほどの美しさを感じられただろうか。 目頭が熱くなる。自然と涙が溢れてくる。 ほら。お前の望んだ涙だ。今俺は、動けなくなるほど悲しんで苦しんでいるぞ。 死を受け入れながらも、自分が生きた時間への肯定を必死に求めていたナズ。その叫びが、悲痛が、心を絡め取って息ができない。 まるで呪いみたいだ。 今は無い姿を求めて上げた顔に、一筋の光が差し込んだ。 窓の外にはどこまでも澄み渡る青い空。 「……ああ、綺麗な空だな」
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