穏やかな夜

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穏やかな夜

「日暮れまでになんとか村に着いたな」 良かった良かったと言いながら宿を目指す。 「2部屋とったら金がかかるし、ナズさえ良ければ同室でいいぞ。明日の相談とかもできるし」 「別に金はかかっても構わない。どうせこの旅が終われば不要になるものだ。」 やっぱ金持ちの家の子なのかな。 「なら2部屋とるか?」 「いや、部屋を行き来するのも面倒だ。同室にしよう」 案外めんどくさがりなんだろうか。なんて考えてるうちに宿に着いた。手続きは慣れてる俺がして、ひとまず部屋に向かう。 適当に荷物を置いてベッドに腰掛ける。ナズはキョロキョロしながら落ち着かない感じだ。宿に泊まるのも初めてなのだろうか。 「さて、とりあえずメシだな。安くてウマイ店知ってるから行こうぜ」 「だから金の心配はしなくていい」 あ、そうか。旅費はナズ持ちってことは、食事代もなのか。つい自分が払う感覚で言ってしまった。 「まあウマイならどこでもいいだろ。他の店知らないし。食いたいもんあるなら別だけど」 金持ちのボンボンなら大衆食堂はイヤなのかな。でも高いレストランとかに連れてかれても、マナーとかさっぱりわからんぞ。 「特にない。サカドの行きたい所でいい」 「なら、決まりだな」 やっとベッドに腰を下ろしたナズが少し休憩するのを待って、食事に向かうことにした。 「美味しい」 適当に頼んだ料理を前に、丁寧に「いただきます」をしてから一口目を食べたナズの感想である。 「だろ?イダタに来たら必ずこの店で食べるんだよ」 食べろ食べろと勧めると無心で食べ始めるナズを見て、なんとなく弟を思い出した。 「兄さんの料理はやっぱウマイなあ」 仕事で何日か家を留守にした時に言われた言葉だ。寂しい思いをさせていたのだなと反省しつつ、嬉しかったのを覚えている。 「幸せそうな顔だな」 話しかけられてハッとナズを見る。こっちを凝視していた。 「何か楽しいことでも思い出したのか」 「いや、弟のことを少し」 「そうか」 それだけ言うとナズはまた無心で食べ出した。 あれ?俺、幸せそうな顔してたのか? 1人ではないからフラッシュバックを起こすほどではないにしても、幸せな顔で弟を思い出すなんて。 呆然としてると「食べないのか?」と言うナズの声がした。見ると全ての料理を食べ尽くさんとする勢いだったので、慌てて俺も食べ出した。 「やっぱりこのルートだと明日中にトウヤまで行くのは無理かなぁ」 宿に戻って明日のルートを考える。食堂や買出し先で聞いたら、通れなくなっている道がかなりあることがわかった。 大雨以外にも天災続きだからな。大きな被害が出るような天災は今までめったになかったのに。あ、でも10年前も天災が続いた時があったな。食べ物が手に入りにくくて苦労した。 思考がつい他のことにいきかけたので、慌てて頭を切り替える。通れる道を考えると、どうしても旅程が1日伸びてしまいそうだ。 「ナズ」 明日のことを伝えようとナズを見ると、なんだか浮かない顔をしている。 「すまないが、思ったより通れる道が少なくてな。到着が1日延びそうだ」 「……そうか」 どうにも反応が変だ。急ぐ旅には見えないが、本当は少しでも早く着きたいのだろうか。 「お前がもともと考えてた道なら、明日にはつけるはずだったもんな。到着が遅れると都合が悪いか?」 「いや、急いでるわけではない。気にしないでくれ。サカドがいなければ辿り着くことすらできなかっただろう」 言外に感謝を感じて少し嬉しくなる。 「メシもウマいとこに連れてってやるよ。酒が飲めないのが残念だかな」 「お前も飲んでなかっただろう。下戸か?まさかまだ飲めない年齢か?」 「俺、どんだけ若く見られてるんだよ。もう20だぞ。そう言うお前はいくつなんだ?」 「16だ」 「アラヤより2個上か。あ、弟の名前だ」 「……で、下戸なのか?」 「18歳の祝いでおやっさんに飲まされてな。一瞬で酔い潰れた。迎えに来たアラヤにこっぴどく叱られてな。酒を禁止されたんだ」 あいつ怒ったら怖いんだよと笑いながら、また自然とアラヤのことを思い出せたことに驚く。 ナズを見るといつもの無表情に戻っていた。あまり寝るのが遅くなってもいけないので、簡単に明日の予定を伝えて、そのまま寝ることにした。 その夜は穏やかな気持ちで眠りについた。アラヤが死んでから初めてのことだった。
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