知らないほうがいいこと

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知らないほうがいいこと

「本当に晴れたな」 ナズの予報は大当たりで、翌朝は澄み渡る青い空が広がっていた。 「だから言っただろう」 当たり前だと言わんばかりの態度だ。その自信はどこからくるんだよ。 「じゃあ次に雨が降るのは、いつかわかるか」 「……一週間後だな。昨日みたいな大雨ではないが」 本当かよ。訝しげな目で見るがナズは気にしない。 「じゃあ、それが当たったら何か言うこと1つ聞いてやるよ。さあ、今日はかなり歩くからな。雨の後で歩きにくくなってるだろうし、できるだけ早く出発しよう」 雨で道は歩きにくくなってたが、昨日ゆっくり休めたためあまり苦にはならなかった。 昼頃に到着した村で昼食にしようと食堂を探していると、ある店がふと目に入った。 「どうした?」 思わず店の前で止まってしまっていたようだ。ナズに声をかけられる。 「あ、いや…」 慌てて歩き出そうとして、あるものに気を取られた。カラフルな粒が箱いっぱいに詰まっている。 「何を見てるんだ?」 なかなか動かない俺に、ナズが不思議そうな顔で店を覗き込んだ。 「……あのお菓子。アラヤに土産で買って帰ったことがあるんだ」 そうだ。あの時土産に買って帰ったのは、この砂糖菓子だ。「兄さんが甘いもの食べたかっただけじゃねぇの」と言いながら、嬉しそうにしていた姿を思い出す。 「帰りに買って墓にでも供えてやろうかな」 今までは墓の前に行っても動けなくなるだけだったのにな。 「すまなかったな。行こう」 ナズのほうを見ると、なんとく険しい顔をしている気がする。 「どうした?腹が減ったか?はやく店を探そうか」 ナズはハッと驚いた顔をして、少し戸惑ったあと「そうだな」といつもの無表情に戻る。なんだか様子が変だな。今日はかなりハイペースで歩いてるからな。無理がないように気をつけてやらないと。 残りの旅程は驚くほどスムーズにいき、翌日の昼にミズカ村に着いた。 「お姉さんが世話になった人の家はわかるのか?」 「名前もわからない」 予想外の答えが帰ってきた。最初も思ったが、随分と無茶な旅をしているな。 「なら、とりあえず手当たり次第聞き込みでもしてみるか」 ここまできたら乗り掛かった船だ。探し人に会わせるまでは帰れない。 村人にひたすら聞き込みをして、夕方には目当ての家に辿り着くことができた。 「俺はここで待ってようか?」 「いや、一緒に来てくれ」 緊張してるのだろうか?そんな感じでもないが。まあ、別に構わないから着いて行くことにした。 「まあ!ナノカちゃんの弟さんなの!」 突然の訪問にも関わらず俺たちは快く迎え入れられ、お茶を飲んでいる。 「もう10年になるのねぇ。この子が生まれた時のことだものねぇ」 嬉しそうにする婦人の横には、知らない人に緊張している女の子が座っている。 話を聞くと、婦人がこの子を妊娠中に道で体調が悪くなったのを、ナズのお姉さんが助けたらしい。その縁で数日この家にお世話になったそうだ。 「ナノカちゃんは元気にしているの?全然連絡がないから心配してたのよ」 思わずナズを見る。相変わらずの無表情だ。 「大丈夫です。元気にしてますよ。仕事が忙しくて。ずっと連絡しようと思いながらできなくて、だんだん連絡しづらくなったみたいで。だから姉には内緒で来たんです」 「そうなの。10年前も仕事で戻らないといけないからと言ってたものね。まあ、元気にしてるならそれでいいわ」 婦人は優しく微笑むと「そういえば、ナノカちゃんは甘いものが好きでね……」と思い出話を嬉しそうに始めた。 話を聞きながら横を見ると、何を考えてるのかわからない無表情が規則的に相槌を打っていた。 「じゃあ、ナノカちゃんによろしくね。」 不満そうな顔の婦人に見送られながら、家を後にする。 今日はミズカ村で宿をとると言ったら「うちに泊まればいいじゃない」と提案されたが、姉の死を隠してる弟とまったく関係のない男の2人では気まず過ぎて辞退した。 宿に向けて歩きながら、ずっと聞きたかった疑問をナズに聞く。 「お姉さんが死んだこと隠してるんだな」 「……彼女が望んだんだ。死んだことを知られなければ、あの人の中で自分は生き続けられるからと」 生き続けられる、か。アラヤの遺体が見つからなければ、俺もどこかでアラヤが生きてるかもと思い続けたんだろうか。 「なんであの人達に会いたかったんだ?」 「姉が死の前に何を思ってたのか知りたくて」 「……そうか」 お姉さんは突然亡くなったわけではなくて、病気か何かだったんだろうか。色々聞きたいことはあるのになぜか聞くことを躊躇われ、そのまま無言で宿まで歩いた。
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