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昨日、イリスから提案を受けたアルマは眠い目を擦り、日の光が射し込める部屋で目覚めた。薄い布団から抜け出し、壁に寄りかかる。
「ハク様……」
膝の上にポッと出た言葉。
「ダンジョンに行く時じゃなくても、会いに行っていいのかな……」
アルマがハクとダンジョンに行くのは三日に一度。今日はダンジョンに行く日ではない。それでも会いたい思いが加熱していく。
「そういえば……」
時計を見ると、時刻は八時。ハクは今頃、家では妹のルーナと一緒に朝食を食べている時間だろう。
アルマの家ではご飯を父親が作ることはない。父親が与えたわずかなお金で朝食を市場で買って一人で食べる。
アルマはハクの家に行き、フルーツの一つでもお土産に添えるのはどうかと考えた。幸いにもハクとのダンジョンで稼いだお金は一銭も使わず棚の後ろに貯めている。フルーツ一個を買うほどのお金はある。
トランポリンに足をつけるように棚までステップを踏み、棚の後ろを覗き込む。
「……なんで」
顔面を蒼白とさせ、棚の後ろを見たまま、しばらく静止した。瞳で収集した視覚情報が想像と大幅にかけ離れていたからだ。
棚の後ろには四百万金貨ほどを貯蓄していた。その全てが消失していた。
代わりにネズミがアルマを見上げている。仮に、ネズミが金を食べたとしたならば、ゴーレム討伐だけでなくネズミ狩りが始まるだろう。だが現実に起こっていない。
アルマは原因をネズミに押しつけようとした。ネズミとゴーレムのキメラが生まれ、金を食べるようになったのかもしれない。
思考を巡り巡らせ、四季折々に紆余曲折をするけれど、どれだけ遠回りしても、最後はある結末にしかたどり着かない。
「私のお金を盗んだのは、父親だ」
アルマは父親に幻滅した。いや、最初から理想なんて抱いていなかった。父親はそういう人間だと分かっていた。だからといって、この行動を許せるはずがない。
父親が帰ってくるのを待った。さほど時間が経たず、父親は帰ってきた。財源が不明の宝石を身につけて。
アルマは父親の前に立ち塞がった。
「ねえ、どういうつもり」
「状況が呑み込めないな。俺の進路を塞ぐことがどういうことか分かってるのか」
「私のお金、どこにやったの」
父親の脅しに怯まず、覚悟を決めて歯向かった。
「俺がお前のお金を奪ったっていうのか」
「じゃあその宝石は何なの」
父親が身につけた宝石が飾られた指輪を指差す。
「これはお前が隠してた金で買ったんだよ」
「……は?」
アルマは眉間に皺を寄せる。
「奪ってるじゃん」
「奪ってねえよ。お前が稼いだお金は俺とお前の共有財産だろ。奪ったなんて言葉は使うな」
「ふっざけるなッ! 共有財産? 私がいつそんなこと言った」
アルマは声を荒げ、父親に反抗する。だが父親には響いておらず、歯向かうアルマを無情に見下ろす。
「俺とお前は血の繋がった家族だ。子が稼いだ金は親のものだって決まってんだよ」
「血は繋がっていても心までは繋がっていない。私を分かった気分で語るな」
「黙れッ!」
衝撃が頭部を襲った。不意の出来事に、アルマは何が起こったか理解するのに時間がかかった。理解した時には、目を疑った。
「……やっぱりそうだ。本当、母さんが可哀想だよ」
父親は握り締めた拳をアルマに向けていた。アルマは後ろに倒れ込む。
「はぁ……はぁ……、お前が悪いんだろうが。全部お前のせいだ」
父親が振り下ろした拳はお日様のように温かくて、初めて、父親の温もりを感じることができた。
「──どういう意味だよ」
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