第一章『少女アルマ』

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 時刻は午後五時。  日の光が届かない地下において、光源は発光する結晶や蛍などに限られている。ダンジョンへ続く薄暗い道を、二つの影が並んで歩く。  背中に自分の身長を超える剣を背負った白髪の少年と、盾を構え袋を携えた少女。  少女はモジモジとし、不安を募らせていた。   「あのー、本当に私がお手伝いをしても良いんですか」 「大歓迎だよ。一人じゃゴーレムを倒しても宝石を全部持って帰れない。でもアルマが手伝ってくれるなら、いつもよりたくさん宝石が持って帰れる」  ハクはいつもゴーレムを倒したことで得られる宝石を全て回収できていなかった。一人で行動しているため、持ち帰れる宝石には限りがあったからだ。 「ただ、ダンジョンは危険な場所だ。これまで多くの人が命を落としている。君も危険な目に遭わせてしまう」  ハクはアルマの無事を懸念していた。  ダンジョンに潜った以上、命の危険は常に付きまとう。自分一人で護りきれるかどうか、不安だった。 「構いませんよ。ハク様は報酬に三割ほど分けてくださるのですから」  ハクは事前に報酬の話をしていた。無償で危険な目に遭わせることはできないという、ハクの配慮だ。 「それに、この身は既にあなたに救われています。ハク様が困っているのなら、私は力になりたいんです」  アルマはハクを真っ直ぐに見つめ、清流のように透き通る瞳で返した。 「ありがとう。アルマ」 「こちらこそですよ。ハク様」  お互いに感謝の言葉を伝えた。お互いに嬉しかったのか、二人とも顔を紅潮させている。頬は緩み、初デートのような緊張感が漂い始める。  が、すぐにその緊張感は一掃される。  ダンジョンの壁に拳の形状を成した岩石が衝突し、大きなクレーターができる。岩石を辿ると、人のような図体をしている。だが体長は三メートルを超え、全身は岩石ででき、心臓部には青い宝石が埋まっている。 「早速ゴーレムだ。アルマは後ろに下がって」 「は、はい」  ゴーレムの登場にアルマは怯み、思考を朦朧とさせる。ハクはゴーレムと対峙することに慣れているため、対応はスムーズだった。  まずアルマの無事を確認するため声かけし、自分の後ろに庇う。アルマが後ろに行ったのを確認すると、背中に背負った大剣を抜いた。  ゴーレムはハクの殺気に気付き、すぐに足取りを変えた。壁に向いていた足をハクに向け、膝を曲げ──。  直後、ハクはゴーレムとの距離を一気に詰める。ハクの俊敏さにアルマは目を疑う。  二十メートルの距離を一秒もかからず移動した。驚いたのはアルマだけではない。対峙するゴーレムも一瞬ハクを見失い、足の動きがわずかに固まる。まばたき程度の一瞬だ。だがそれがゴーレムには命取りだった。  ──切断。  ゴーレムの右肩から左足にかけて、深々と亀裂が走る。次第に亀裂は拡大し、ゴーレムは真っ二つに砕けた。  あっという間の決着。アルマはハクの強さを目の当たりにし、呼吸も忘れるほど光景に見入った。  ゴーレムの身体は砂粒になり生前ゴーレムが食らった宝石が姿を現す。 「アルマ、回収は任せた」 「あ、はい……」  ハクに声をかけられ、応答するまでに間があった。ハクの戦いぶりに魅せられていたから。  アルマは持っていた袋に宝石を詰めていく。ゴーレムの体内には十一個の宝石があった。アルマが宝石を回収する間、ハクは周囲の見張りをする。  砂山には宝石の欠片もあるが、あまり欠けていない宝石だけを袋に詰めていく。 「回収終わりました」  アルマは宝石が詰まった袋をしっかりと握り締める。 「いつもなら一体倒すだけで引き返しているが、今日はアルマがいる。もう二体くらい倒しておくか」  ハクは余裕綽々と呟く。実際、ハクはゴーレムを一体倒すだけではそれほど疲弊はしない。ハクは元気に腕を振り、ダンジョンをいつもより少し深く潜る。 (そういえば……)  ハクはあることを思い出す。アルマを助けたあの日、謎の扉を見かけた。あの扉が一体何か、未だに分からない。  そんなことを考えている内に、次のゴーレムが二人の前に姿を現す。これまたハクは大剣で一刀両断し、帰り道で遭遇したゴーレムも倒した。  四十ほどの宝石を手に入れ、ダンジョンを去り、換金所でお金に変換してもらう。百五十万金貨。いつもの三倍ほどのお金を手に入れた。その内三割をアルマに渡す。 「本当にこんなに貰っていいんですか」 「もちろんだよ。アルマが手伝ってくれなきゃこんなにお金は稼げなかったからね」  五十万ほどのお金を手に入れたことに罪悪感はあった。自分は戦わず、ハクの戦いを傍観していただけ。  だがハクは嫌な顔一つせず、むしろお金を受け取って欲しそうな表情で答える。 「アルマ。これからもよろしくね」  ハクはまた協力して欲しいと、そう手を差し出した。 「私で良ければ、またお願いします」  差し出された手をアルマは掴んだ。がっしりとした重みを感じられる。  アルマはハクに見送られ、家に帰る。家に着いたのは午後七時。アルマが帰宅した瞬間、アルマの父親はすぐに顔を向けた。  父親は机に置いた酒瓶に右手を添えたまま、左手に持ったグラスを口に近づける。 「お前、どこで何をしていた」  父親はいぶかしむようにアルマを睨む。アルマは仕事で酒場に行く以外は家を出ない。そのため、アルマの行動を父親は怪しんでいた。 「ちょっと散歩してた」 「…………」  返事はない。  アルマは父親の横を素通りする。酒臭さに耐えながら、布一枚で仕切られた自分の部屋に入る。服の下に隠していた袋を棚の後ろにそっと隠す。 (お金を貯めて、この家を出ていく。大丈夫。お金があれば私は自由になれる)  アルマは希望に胸を膨らませる。  父親はアルマの部屋を視覚的に遮断する布切れを凝視していた。その目は子を見る目ではない。罠にかかった兎を見る猟師のような、そんな獰猛さがあった。  後日、アルマは酒場のバイトで家を居なくなる。その時間を見計らい、父親はアルマの部屋に入った。  そして──
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