第一章『少女アルマ』

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第一章『少女アルマ』

 曇天の街。  かつては笑顔で栄えた街。  今ではすっかり人々の笑顔は消えていた。  その原因は地下で見つかった膨大な金銀財宝だった。  それが火種となった。  曇天の街に隣接していた太陽の都市によって地下資源は独占され、太陽の都市は裕福な都市に成り上がった。  対して曇天の街は武力によって抑圧され、貧しさは増していった。  その差は現在でも明らかで、高く豪華な建物が建ち並ぶ太陽の都市の隣には、木々や布で作った家屋が並んで建っている。  太陽の都市は裕福に。  対して曇天の街は貧しくなっていった。  だが、問題は起こった。  地下を掘り進めている内に、太陽の都市の地下労働者はある生物を見つけた。 「おい……なんだあれは……」  人の形をしていながら、人を様相をしていない怪物。  怪物は人間を見るなり、雄叫びをあげて襲いかかった。  異例の事態に対し、太陽の都市は次のような決断をした。  ゴーレムの生息する地下領域──ダンジョンと名付けられる──を出入り自由にし、そこで得た鉱物などの利益は全て獲得者へ譲渡する。  曇天の街に住まう多くの人々がダンジョンに潜り、ゴーレムによって命を落とした。  その中にはある少年の父親もいた。  曇天の街にあるぼろアパート。  二階建てだが、二階に繋がる階段は錆び、二人以上で階段を使えば壊れてしまう欠陥住宅。  ある少年は階段を上がり、端の扉を開けた。 「ルーナ、元気にしてたか」 「やっとハクお兄ちゃん帰ってきた」  少年が部屋に入った瞬間、幼い少女が飛びついた。  少女ルーナの笑顔に少年ハクも同じ笑顔で応えた。 「今日はいつもよりお金稼いだから、晩飯は肉だよ」 「肉なんてしばらく食べてなかったよね。わー、晩飯が肉って分かっただけでよだれが止まらないよ」  ルーナはハクがぶら下げる肉の入った袋を凝視する。  ハクはルーナの笑顔が嬉しく、急いでキッチンに向かった。  キッチンは使い古され、スペースは狭い。  ハクは慣れた手つきで肉を調理していく。  ルーナは机の片付けをし、ハクの作る料理を楽しみに待っていた。 「完成だ。じゃあ早速食べよう」  こんがり焼けた肉がルーナの鼻の奥底を刺激する。  肉の香ばしいにおいに誘われ、思わず踊るほどにはルーナの心は踊っていた。  肉は自分から逃げていかないというのに、ルーナは慌てて肉を口に詰め込んだものだから、餌に食いつく鯉のように口をパクパクさせていた。  あっという間に全ての肉を平らげる。  ハクもルーナもお腹を満たし、大満足。 「お兄ちゃん、ありがとね」  ルーナが向ける微笑みは太陽のようだった。  どれだけ快晴の太陽よりも眩しいルーナの笑顔を見て、ハクは報われた気持ちになる。  時間も経ち、ルーナは眠る。  ハクはルーナの寝顔を見つめる。 「お兄ちゃんは明日も頑張るから。ルーナの将来が苦しまないように、ありったけのお金を貯めてみせるからね」  ルーナが寝静まった頃、ハクは天井裏に今日稼いだお金五十万金貨を置いた。  この街では、お金を稼ぐ手段の多くが肉体労働だった。  ハクはルーナに苦労させないためにも、大金をルーナに残そうとしていた。  目標金額は一億円。  一億円あれば太陽の都市へ移住でき、そこで受けられる仕事は曇天の街で受けられる仕事よりも幾分かマシで、給料も待遇も良い。  現在貯まっているお金は一千万金貨。  一年以上ダンジョンでゴーレムを倒し続けて稼いだお金だ。  ハクは不安だった。  一年で一千万金貨。  一億円稼ぐには九年以上の月日が必要となる。  それまで自分がダンジョンで生き残れるか分からない。  父は母の病気の治療費を稼ごうとした結果、無理をして、ダンジョンで死んだ。  母は病気を治療できず、死んだ。 「お父さん。お母さん。俺は、ルーナを必ず守ってみせる。二人が俺たちを大切に育ててくれたように、愛情を注いでくれたように、俺はルーナを大切に育てるよ。だから見ててよ」  ハクは二人の親に誓った。  ──必ず妹を守ると。 「不安だ。それでもやらなくちゃいけない。だって俺は、あいつに残されたたった一人の家族だから」  一人にはさせない。  ハクはルーナの側にいたい。  布団に入り、睡眠を試みるが、不安が胸を蛍のように飛び回り、眠りにつけない。  ハクは思わず剣を手に取った。  父から預かった大剣。  何を思ったのか、ハクは大剣を背負い、再びダンジョンへと向かった。 (お金が必要だ。だから俺が、頑張らなくちゃいけない)  ♤  ダンジョン。  多くのゴーレムが生息する領域。  そこには未だ大量の財宝が眠っているとされ、それらを全て集めれば都市一つを易々と買えるほどだと言う。  ハクはゴーレムを探して歩き回る。  あまりにもゴーレムの姿がないため、普段よりも奥へ進んでいた。  そこでハクは思わぬものを目にする。  岩に不思議と設置された銀色に輝く扉。  あまりに異様な存在感に、ハクは大剣を手に取る。  扉からは嫌な気配がするが、好奇心に背中を押され、扉に手をかけた。  次の瞬間、扉とは反対の方向から女性の悲鳴がする。  少年は扉から手を離し、急いで悲鳴の方角へ走る。  三メートルほどのゴーレム。  全身が岩でできる中、心臓部はエメラルドが埋まっている。  そのゴーレムの足下には少女が腰を抜かしていた。  懸命に手を向け、何か叫んでいる。 「いや、私はまだ……」  嫌がる少女にゴーレムの手が伸びる。  人生に幕が下りかけたその時、心臓部に埋まったエメラルドごと、ゴーレムの体が一刀両断された。  不意の出来事に、砂塵となって風に吹かれるゴーレムを少女は淡々と見ていた。 「…………」  驚く少女の前に、少年は、ハクは歩み寄る。 「大丈夫ですか」  ハクは優しく手を差し伸べる。  少女はハクに瞳を奪われ、その手を取った。腰を抜かしていた少女だったが、不思議と体は起き上がった。 「あ、あのっ、助けていただきありがとうございます」 「君が無事で何よりだよ」  少女は妹のルーナと同じ年頃だった。  ハクは過敏に少女のことを心配していた。 「ところで、君は一人でダンジョンに潜っているの」 「……はい」 「君がよければでいいんだけど、今日だけは手伝ってもいいかな」 「──へっ!?」  ハクはルーナと同じ年頃の少女を見過ごすことはできず、思い切った提案を持ちかけた。  少女は紅潮し、ハクをじっとりと見つめる。 「い、いいんですか」 「い……いいかな?」  お互いに気恥ずかしさを感じつつ、互いに一歩を踏み出そうとしていた。 「わ、私はアルマって言います。え、ええっと……つまり何が言いたいかっていうと……」  少女は目を瞑り、顔を紅潮させつつ、勇気を出した。 「これからもよろしくお願いします」
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