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朝目覚めたルーナは違和感に気付く。
ルーナが起きる前から美味しそうなにおいが鼻を刺激していたのだ。
いつもであれば、ルーナがハクを起こすというのが日課だ。
だが料理を作っているということは、ハクは起きているということ。
恐る恐る顔を上げ、キッチンを見ると、ハクが起きていた。
珍しく早起きしたハクに驚くのもつかの間、すぐに驚きは他へ移る。
人参が空中をゆらゆらと散歩しているではないか。人参はそのままハクのもとへ運ばれた。
ハクは人参よりも下に目を向け、お礼を言った。
何かがおかしいと思い、ルーナは視線を一段階下げた。
「……はっ!?」
ルーナは驚きのあまり飛び起きた。
朝からハイテンションなルーナの挙動に驚いたのはハク、そして謎の少女。
黒みがかった赤い長髪をし、髪と同じ色の瞳を持つ、自分と同じ年齢の少女。
ルーナは、ハクが自分とルーナと勘違いしたのだと疑った。
だがルーナは黒髪で、髪は寝る時もお団子にしている。
「お兄ちゃん! これはどういうこと!」
ルーナの怒りがアパート中に響き渡る。
「ち、違うんだ。この子は……」
「私はアルマ。これからハク様と一生を共にしていく間柄なのです」
胸を張り、アルマは高らかに宣言する。
アルマの発言がルーナの導火線に火をつけた。
「もう言い訳は聞かないよ。お兄ちゃん」
世界一低い声でのお兄ちゃんボイスが再生され、ハクの背筋は氷に触れたようにぶるぶると震える。
アルマは状況を呑み込めず、怒りをヒートアップさせるルーナに首を傾げる。
自分は礼儀正しく挨拶をしたつもりだが、誤解が生じたのではないかと疑念を抱く。
「ルーナ、話を聞いてくれ。この子は──」
「どうせ私と間違えて連れ帰ったんでしょ」
「違う、違うんだ」
「本当に……違うの?」
疑った目でルーナはハクを見る。
怒りを爆発させているが、兄には信頼を寄せている。
自分が勘違いをしている可能性を大いに肯定しつつも、隠すようにしてハクに問う。
「この子は……アルマはダンジョンで死にかけていた。そこを俺が助け、これからダンジョン攻略に協力してもらうことになった」
「ああ、なるほど。やっぱお兄ちゃんカッコいいもんね」
ルーナの怒りは穴の空いた風船のようにしぼんだ。
むしろ兄の活躍を知り、嬉しそうにしていた。
「お兄ちゃんはいつも一人でダンジョンに行って心配だったけど、アルマさんが面倒見てくれるなら安心だね」
ルーナはアルマのもとに駆け寄り、手を握り締める。
「アルマさん、お兄ちゃんをどうかよろしくお願いします」
「はい。あなたのお兄さんは必ず守ってみせます。命を救われた恩がありますから」
アルマはルーナの願いに真っ直ぐに返答した。
後ろで見ていたハクは、誤解が解けて一息つく。
「ところで、アルマさんはここに暮らしていくんですか?」
「いえ、そういうわけでは……」
アルマは目を逸らし、表情がやや強ばる。
「私、母はいませんが、父と二人暮らしをしているんです。なのでハク様がいつもダンジョンに行く時間にこの家を訪れます」
部屋が賑やかになると期待していたルーナは落ち込んだ。
ハクはすぐにルーナの頭に優しく手を置き、
「大丈夫だって。ダンジョンに行く時間になればアルマには会えるんだ。だから寂しがることなんてない」
「うん。そうだよね」
ハクに励まされ、ルーナはすぐに表情を明るく戻す。
「それじゃあごはんにするか」
「わーい。美味しそう」
料理が盛られた皿を、ルーナは机に運ぶ。
「いつかアルマさんのお父さんとも一緒にごはんが食べたいな」
ルーナは他愛なく呟く。
アルマは表情を曇らせ、誰にも聞こえないほどの声で言う。
「そんな日は来ませんよ。絶対に」
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