第一章『少女アルマ』

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 朝目覚めたルーナは違和感に気付く。  ルーナが起きる前から美味しそうなにおいが鼻を刺激していたのだ。  いつもであれば、ルーナがハクを起こすというのが日課だ。  だが料理を作っているということは、ハクは起きているということ。  恐る恐る顔を上げ、キッチンを見ると、ハクが起きていた。  珍しく早起きしたハクに驚くのもつかの間、すぐに驚きは他へ移る。  人参が空中をゆらゆらと散歩しているではないか。人参はそのままハクのもとへ運ばれた。  ハクは人参よりも下に目を向け、お礼を言った。  何かがおかしいと思い、ルーナは視線を一段階下げた。 「……はっ!?」  ルーナは驚きのあまり飛び起きた。  朝からハイテンションなルーナの挙動に驚いたのはハク、そして謎の少女。  黒みがかった赤い長髪をし、髪と同じ色の瞳を持つ、自分と同じ年齢の少女。  ルーナは、ハクが自分とルーナと勘違いしたのだと疑った。  だがルーナは黒髪で、髪は寝る時もお団子にしている。 「お兄ちゃん! これはどういうこと!」  ルーナの怒りがアパート中に響き渡る。 「ち、違うんだ。この子は……」 「私はアルマ。これからハク様と一生を共にしていく間柄なのです」  胸を張り、アルマは高らかに宣言する。  アルマの発言がルーナの導火線に火をつけた。 「もう言い訳は聞かないよ。お兄ちゃん」  世界一低い声でのお兄ちゃんボイスが再生され、ハクの背筋は氷に触れたようにぶるぶると震える。  アルマは状況を呑み込めず、怒りをヒートアップさせるルーナに首を傾げる。  自分は礼儀正しく挨拶をしたつもりだが、誤解が生じたのではないかと疑念を抱く。 「ルーナ、話を聞いてくれ。この子は──」 「どうせ私と間違えて連れ帰ったんでしょ」 「違う、違うんだ」 「本当に……違うの?」  疑った目でルーナはハクを見る。  怒りを爆発させているが、兄には信頼を寄せている。  自分が勘違いをしている可能性を大いに肯定しつつも、隠すようにしてハクに問う。 「この子は……アルマはダンジョンで死にかけていた。そこを俺が助け、これからダンジョン攻略に協力してもらうことになった」 「ああ、なるほど。やっぱお兄ちゃんカッコいいもんね」  ルーナの怒りは穴の空いた風船のようにしぼんだ。  むしろ兄の活躍を知り、嬉しそうにしていた。 「お兄ちゃんはいつも一人でダンジョンに行って心配だったけど、アルマさんが面倒見てくれるなら安心だね」  ルーナはアルマのもとに駆け寄り、手を握り締める。 「アルマさん、お兄ちゃんをどうかよろしくお願いします」 「はい。あなたのお兄さんは必ず守ってみせます。命を救われた恩がありますから」  アルマはルーナの願いに真っ直ぐに返答した。  後ろで見ていたハクは、誤解が解けて一息つく。 「ところで、アルマさんはここに暮らしていくんですか?」 「いえ、そういうわけでは……」  アルマは目を逸らし、表情がやや強ばる。 「私、母はいませんが、父と二人暮らしをしているんです。なのでハク様がいつもダンジョンに行く時間にこの家を訪れます」  部屋が賑やかになると期待していたルーナは落ち込んだ。  ハクはすぐにルーナの頭に優しく手を置き、 「大丈夫だって。ダンジョンに行く時間になればアルマには会えるんだ。だから寂しがることなんてない」 「うん。そうだよね」  ハクに励まされ、ルーナはすぐに表情を明るく戻す。 「それじゃあごはんにするか」 「わーい。美味しそう」  料理が盛られた皿を、ルーナは机に運ぶ。 「いつかアルマさんのお父さんとも一緒にごはんが食べたいな」  ルーナは他愛なく呟く。  アルマは表情を曇らせ、誰にも聞こえないほどの声で言う。 「そんな日は来ませんよ。絶対に」
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