第一章『少女アルマ』

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 私、アルマは翼が欲しかった。  ここではないどこかへ飛んでいきたかった。  母は幼い頃に亡くなった。父親からは、死因は病死だと聞かされた。母は私を産む前から病にかかっており、既に長くは生きれなかったそうだ。父親も母もこの貧しい街出身で、お金がなかった。治療することもできず、母は病と闘い続け、命を落とした。  母の顔は知らない。この貧しい街では、写真さえない。幼い頃は、親の顔に子が似るなどとは知らなかった。だが知識を身につけていくにつれ、きっと母は私に似ているのだと思うようになっていった。  だから一層、父親に嫌悪感を抱いた。  ある程度の言葉を覚え、基本的な会話を身につけた六歳になり。  私はお金を稼ぐため、酒場で働くことになった。父親と店主が交流を持っていたため、まだ六歳の私を店主は受け入れた。  仕事内容はお客の注文を聞き入れ、店主に注文内容を伝えること。まだ字を書くことが上手ではなかった私は、最初の内は注文を暗記し、店主に口頭で伝える。店主に読み書きを教えてもらう内に、徐々に注文をメモして伝えるようになった。  時折父親が私の仕事の様子を確認しに来る。ビールと肉料理を注文し、私を細目で凝視する。父は私を心配してくれているのだと、その時はそう思った。  読み書きを覚え、酒場で働いていく内に、基本的な言葉だけでなく大人の言葉も覚えていった。大人がするような会話、その意味も少しずつ理解していった。  だからこそ、私は知ってしまった。父親が母にどのような行為をしてきたのか。その全てを、吐き気が覚えるほど知った。  店にある女性が訪れた。私の父よりも一層年齢が高い風に感じられる。その女性は注文をせず、真っ直ぐ店主のもとへ向かう。店主は客席の裏、いつも店主が休憩している部屋で二人きりになった。  薄い扉を挟んだだけの会話は、簡単に聞き取ることができた。その会話を聞いて、私の胸の奥底から、灼熱が這い上がって来るような感情がわき上がった。  私は怒っていた。  二人が話している会話の内容は、とても聞くに堪えないものだった。  その女性は私の母の母親だった。会話の内容は私の母と父親について。  父親は……  父親は母に毎日のように暴力を振るっていた。顔の原型が変わってしまうほど強く、何度も拳を振るった。母が泣き叫んでも父親は振り下ろす腕を止めず、怒りに顔を滲ませ、母の苦しむ姿を見て笑っていた。  父親は加害者だった。  父親の本性を知ってしまったあの日、私は殺意を飼い始めた。無性に父親を殺したくなったのだ。この気持ちは抑えなければならないと分かっていながら、無意識にナイフを握っていた。 「やめろ」  震える手に握られたナイフを無理矢理手放す。自分の手でありながら、他人の手だと思えるほど制御できない。  感情と理性が、肉体の奪い合いをしている。もし再びナイフを握れば、感情が理性を圧し殺してしまう。  できる限り凶器を視界に入れてはいけない。私は自分の中の感情を律するためルールを設けた。そうでなければ私はきっと…………  それから私は父親の愚行を調べていった。私がここで働いたお金が全額父へ渡っている。私はわずかな食事を与えられるだけ。父親は酒場で豪華な食事を堪能する。  父親は私を道具にしか思っていない。このままだと、私は飼い犬だ。  私が母に似ているのなら、父親はいつか私を殴るだろうか。そんなことを考えるだけで吐き気を催す。  私の嫌悪感が本物になったのはいつからだろう。きっと母の腹に命として身籠られる前からだ。  私は母を哀れに思ったから、母のもとで産まれようとしたのかもしれない。あの男に、父親に母の復讐をしてあげるために。  母の本当の望みなんて知らない。母は父親を愛していたのかもしれない。  私はどうするべきだろうか。  私がこれからすべきこと。  亡くなった母のために、私には何ができる。  この家を出よう。この家を出て、私は自由になりたい。  父親の束縛から解放されたい。    翼があれば、私は自由になれるだろうか。  誰か、私に翼をください。  翼をください。  翼なんて……。  分かっている。  必要なのはお金だ。お金さえあればいい。  酒場でダンジョンの話を知っていた。酒場の人たちは、ダンジョンを気安く見ていた。誰でも楽に稼げる天国だと。私はそれを真に受け、ダンジョンに向かった。だが実際は違う。  常に死と隣り合わせの世界。この世界を天国だと語れるのは、ダンジョンに行ったことがない者だけだ。  死ぬ。  矢先に少年が私を救った。  ハク、あなたは私の救世主だ。  私は彼とともに新しい人生を始めよう。  そんな夢を抱き、家の扉を開けた。  ダンジョンへ。  私は人生を変えるための一歩を踏み出した。
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