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アルマが働く酒場は曇天の街でもまだ発展している中央にあった。そこには時々太陽の都市の人が訪れることもある。
アルマは太陽の都市のお客が来ていることに気付く。その人物が言わずとも、服装ですぐに分かった。ボロボロの布切れではなく、傷一つなく、汚れ一つない綺麗な服だった。
純白の騎士服。腰には金属が使われた剣を提げている。
彼はアルマを引き止める。
「君、名前は?」
「アルマです」
朗らかな笑みを向けられ、思わず名前を漏らす。とはいえ名前を知られた程度、さほど差し支えがないため、特別気にしなかった。
「僕はイリス。実は今日はダンジョン探索の帰りなんだよ」
「そうなんですか。凄いですね」
ハクと同じくダンジョンに潜っている人物だと知り、アルマはイリスという人物に興味が湧いた。
「でも僕は一人でダンジョンに潜っているわけだから、色々と大変なんだ。そこで君に、僕のサポートをしてもらいたい」
「私が……ですか?」
アルマは突然の提案に驚き、返す言葉を失っていた。それを見かねて、イリスは補足する。
「僕は人を見る目はあるんだ。特に魔術的な才覚を見抜く目は人一倍ね」
イリスは自分の右目に手をかざし、アルマを凝視する。イリスの目はじっと見てしまうほど、不思議な魔力を持っているように感じた。
「つまり、君は魔法を覚醒させることができるはずだ」
イリスはアルマは興味を惹くと確信していた。だが──
「あのー、魔法ってなんですか」
アルマには響かなかった。
魔法とは何か。曇天の街で育ったアルマはまともな教育を受けていない。知識に偏りがあるのは当然だ。
「そうだね。じゃあ魔法について、から説明しよう」
イリスはアルマが魔法を知らなかったことに驚きつつも、話を進めるため、魔法の説明を始める。
「魔法とは、金銀財宝よりも価値を生み出すかもしれない財産だ」
イリスは、極力アルマが興味を惹くような入りで話を展開する。
「魔法は多くの人が求めている。指先から火を起こしたり、何百メートル先を見ることができたり、常人の域を超える力。だが魔法を発現させる者は限られている。十人に一人、いやそれ以下かもしれない。わずかな人物だけにしか与えられない力、それが魔法だ」
「私なんかがそんなものを……?」
アルマは魔法の凄さを理解した。だからこそ自分にそんな力を潜在させていることに半信半疑だった。
「僕のもとで魔法を覚醒させてみないか。僕は魔法の正しい覚醒方法を知っている。ダンジョンに潜ることもあるが、君の命は全霊をもって守る」
イリスは真っ直ぐにアルマを見つめ、手を差し出す。イリスの提案を受け入れるのであれば、手を取るのが定石だ。
「例えばそれは……お金……が、貰えるんでしょうか」
アルマは恐る恐る問いかける。
「もちろんだ。お金だけでなく、君が望むのであれば、太陽の都市へ住まわせることもできる」
「太陽の都市に……!?」
家出したいアルマにとって、太陽の都市への居住は喉から手が飛び出るほど成し遂げたいことだ。
彼が差し出す手を取れば、それは叶う。
アルマは一瞬手を伸ばすが、イリスの手を掴む寸前で止まる。
「ハク……」
ハクの顔が脳裏に映し出される。もしこの手を取ったなら、ハクと会う時間は作れるだろうか。
「あのー、どれくらいの期間、私はあなたに協力すれば良いのでしょうか」
「ずっとかな」
「ずっと……ですか」
「まずは太陽の都市にある僕の家に一人で来てもらう。家庭教師の下で一般教養を身につけ、魔法の使い方や護身術、処世術なんかも覚えてもらう。時折ダンジョンに赴き、実戦も行う」
それは、イリスを選んだ時点で、ハクに会う時間がなくなることを意味する。ダンジョンで時々会えるかもしれない。だが、ほんのわずかだ。
そこでふと思う。なぜこんなにもハクのことを考えているのか、と。
命を救われたから。それだけでは説明できないほどの何かがそこにあった。だがアルマはその正体が分からず、困惑していた。
「私は……」
胸に手を当て、考える。何を選ぶべきか。
「明日、またここへ来る。それまでに決めておいて欲しい」
「……はい」
アルマは元気のない声で返事をした。
イリスはビールを飲み干し、アルマに軽く手を振ると、酒場を立ち去った。
与えられた一日。
少なくともその日、アルマはどちらを選ぶか決められなかった。眠りは浅く、胸は痛く。
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