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新天地へ
「お願いしてもよろしいですか?」
私はそう返事をした。
「わかった」
沢渡さんは微笑んだ。
「なら、早速私は戻って色々と準備をしよう」
「沢渡さんのご自宅はどちらに…」
「首都だよ。聖歌大学も首都にある」
首都は、ここから車で六時間は掛かる距離だった。
「そんな遠くからわざわざありがとうございました」
「それだけ絵理子からの便りは寝耳に水だったんだ。もう、一生会えないと思っていたから。でも、もっと早く手紙をくれたらな。生きている内に一目会いたかった。」
沢渡さんは辛そうな顔で母の遺骨が置いてある方を見た。
「差し支えなければ教えて頂きたいのですが、母の手紙は他には何て書いてあったんですか?」
「近況報告だよ。介護施設で働いてるとか、一人娘は高三になったとか、元気に暮らしてるから大丈夫だって、病気のことは一言も書いていなかった。
それでも僕が手紙を読んだら飛んで来ると思っていたのだろう。恐らく君に会わせたのは絵理子の意思に思えるんだ」
「それだけ昔、母と沢渡さんは仲が良かったということですか?」
「ああ。君のお母さんにはお世話になったから。僕にとって恩人でもあるんだよ」
母はそこまで親密だった沢渡さんにも何も伝えず失踪したのだ。父親とその家族が余程恐怖だったのか…
また、しんみりとした空気になってしまった。
「あの、良かったら夕飯でもご一緒にいかがですか?」
所長さんが声を掛けた。
「いや、申し訳ないですがこれで帰ります」
「仕事がお忙しいですか?」
「まあ、そうですね。ちょっと失礼します」
沢渡さんはそう言いながら立ち上がり、スマホを持ってダイニングから廊下へ出た。
沢渡さんが戻ってくると「あの、お帰りはどうやって」と所長さんが尋ねた。
「車で来たから大丈夫です。もう間もなく迎えが来る筈ですから」
ハ、ハイヤーなのかな?やっぱりスケールが違う…
私と所長さんはまたもや目を丸くして見つめ合ったのだった。
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