新天地へ

1/4
前へ
/309ページ
次へ

新天地へ

「お願いしてもよろしいですか?」  私はそう返事をした。 「わかった」  沢渡さんは微笑んだ。 「なら、早速私は戻って色々と準備をしよう」 「沢渡さんのご自宅はどちらに…」 「首都だよ。聖歌大学も首都にある」  首都は、ここから車で六時間は掛かる距離だった。 「そんな遠くからわざわざありがとうございました」 「それだけ絵理子からの便りは寝耳に水だったんだ。もう、一生会えないと思っていたから。でも、もっと早く手紙をくれたらな。生きている内に一目会いたかった。」  沢渡さんは辛そうな顔で母の遺骨が置いてある方を見た。 「差し支えなければ教えて頂きたいのですが、母の手紙は他には何て書いてあったんですか?」 「近況報告だよ。介護施設で働いてるとか、一人娘は高三になったとか、元気に暮らしてるから大丈夫だって、病気のことは一言も書いていなかった。 それでも僕が手紙を読んだら飛んで来ると思っていたのだろう。恐らく君に会わせたのは絵理子の意思に思えるんだ」 「それだけ昔、母と沢渡さんは仲が良かったということですか?」 「ああ。君のお母さんにはお世話になったから。僕にとって恩人でもあるんだよ」     母はそこまで親密だった沢渡さんにも何も伝えず失踪したのだ。父親とその家族が余程恐怖だったのか…  また、しんみりとした空気になってしまった。 「あの、良かったら夕飯でもご一緒にいかがですか?」  所長さんが声を掛けた。 「いや、申し訳ないですがこれで帰ります」 「仕事がお忙しいですか?」 「まあ、そうですね。ちょっと失礼します」  沢渡さんはそう言いながら立ち上がり、スマホを持ってダイニングから廊下へ出た。  沢渡さんが戻ってくると「あの、お帰りはどうやって」と所長さんが尋ねた。 「車で来たから大丈夫です。もう間もなく迎えが来る筈ですから」  ハ、ハイヤーなのかな?やっぱりスケールが違う…  私と所長さんはまたもや目を丸くして見つめ合ったのだった。  
/309ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加