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それからは楽曲制作に没頭した。他にも自分で曲を作っている人を参考にしながら、自分の気持ちや思いをメロディーに乗せていく。曲を作れば作るほど、再生回数はぐんぐん伸びていった。
みんなが私の歌声を聴いてくれている。覆面シンガーなので友達に正体はバレていないけど──最近では私の通う高校でさえ、その話題で持ち切りになるほど。練習場所も、いつしか一人でカラオケに行くようになった。愛用するボイスレコーダーとパソコンを持ち込んで、放課後にひたすら歌い続ける毎日。至福の時間だった。
「歌うって、楽しい。本当に楽しい──」
そんな日々を送っていたある日。
曲の編集作業をしている途中で、一通のメールが届く。キーボードを叩く指を一旦止めて、ドリンクバーのジュースを片手に内容を見てみた。
[ナナセさん あなたをスカウトしたい。近日中にお話しできませんか?]
文末に記載された署名には"スターダム・アーティスツ"の文字。誰もが一度は聞いたことのある音楽事務所の名前に、思わずジュースが吹き出そうになった。
「え、本当……? 私が……?!」
このスカウトの話を聞いてしまったら──おそらくもう、後戻りはできない。「お願いします」と言ってしまう自分が簡単に想像できてしまったからだ。
だけどこれは、自分の歌が評価された証拠。さらにたくさんの人に聴いてもらえるチャンス。その事実を目の前に、胸の高鳴りが抑えられなかった。
歌手として、文字通りスターダムへの階段を駆け上がりたい。そう思って、顔出しはしないことを条件にオンライン通話で話を聞いてみることにした。
*
「明日奈さん──って言うんですね。どうして"ナナセ"という名で活動を?」
後日、マネージャーの今枝 萌という女性から連絡が来た。パソコンの向こう側に映るスーツ姿。私は顔を伏せているけど、今枝さんの顔は私に見えている。まずはラフな会話から、話が進んでいく。
「えっと……深い意味は無いんですけど。最初の曲を作る時に、部屋の窓から"北斗七星"が見えて」
「北斗七星?」
「はい。昔理科の授業で聞いたんですけど、北斗七星って一年中見える星座らしいんです。七星から取って"ナナセ"。いつでも、どの空からも、みんなを照らす星みたいになれたらいいなって思って──」
「ははっ……だから七星なんだね、なるほど──」
そう言って少し微笑んだ今枝さん。しばしの沈黙が流れ、若干気まずく感じる。
「あの……今枝さん、やっぱり変でした?」
「あ、苗字で呼ぶの禁止ね。さん付けもダメ」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
「どこが"深い意味は無い"なのよ──充分深いじゃない。即席でこれだけ思いを込められるのは素晴らしいわ。やっぱりあなた、才能あるわよ」
そう言うと、今度は満面の笑みを浮かべる。こちらまで嬉しくなるような言葉と表情だ。向こうには伝わっていないけど、私もニヤけが止まらなくなっている。
「私の目に狂いはなかったわ。良ければ私達と一緒に、音楽やってみない?」
そう私に問いかける真剣な眼差し。またしても胸が大きく高鳴った。
自分がどこまで輝けるか挑戦してみたい。やっぱり私は──自分で予想していた通りの言葉を最後に放ってしまった。
「よろしくお願いします」
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