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その日から私と萌ちゃんは、一緒に音楽を作るパートナーになった。スケジュール管理やレコード会社との交渉、サブスクへ進出するサポートまで、隅から隅までマネジメントしてくれている。本当に萌ちゃんには頭が上がらない。
自分にしか作れない曲。それでいて、自分だけでは作れなかった曲。その時その時の自分の最高傑作が、どんどん形になって世の中に発信されていく。歌手として、こんなに嬉しいことはない。
音楽の新時代を、私が作っていくんだ。そんな自信で満ち溢れていた。
その矢先──走り続ける私の足を止める、ある出来事が起こる。
[ナナセはクソ! 所詮は素人の曲]
そんなタイトルで、動画配信者が好き勝手なことを長時間語っていた。それだけでもすごくショックだったのに──その動画のコメント欄には、配信に便乗した心無い言葉がたくさん書かれていた。
胸が痛かった。もう歌声が出せなくなるんじゃないかというくらい、悲しさが溢れた。あまりのショックに泣き出しそうになりながら、萌ちゃんに電話をかける。
しかし──スマホの向こう側にいる萌ちゃんは、意外にもあっさりした言葉を返してくる。
「そんなの気にしなくていいわ。雑音だと思って、無視よ無視」
「ざ、雑音……」
寄り添ってくれるのかと思いきや、予想外の返答。余計に悲しい気持ちが満ちてしまう。
「それだけナナセがスターになった証拠じゃない。多少の悪口は付きものよ」
「でも萌ちゃん、さすがにこれは多少ってレベルじゃ……」
「言わせておけばいいの。私も事務所も味方だから、安心しなさい──」
口調は優しいのに、言っている内容が受け止めきれない。堪えきれず、遂に涙が零れてしまった。
「萌ちゃん……私……」
言い返そうとした。こんなに誹謗中傷されるなら歌いたくない、と。初めて自分の存在を消したくなった。
だけど──"歌うのが好き"という気持ちはどうなる? このまま中途半端に終わっていいのか? そんな思いが頭を駆け巡る。今は、歌手として高みを目指す為の通過点。そう思うしか方法は無かった。
「もう少し、頑張ってみるね……」
「それでこそナナセよ。くだらない下馬評を歓声に変える力が、あなたにはあるわ。私達も全力で支えるから、何かあればいつでも言ってね?」
「うん……分かった」
その言葉を最後に電話が切れる。どういうわけか、しばらくして自然と涙は止まっていた。
急に訪れた孤独な静寂。最後にツーツーと聞こえたスマホの電子音は、今まで耳にしたどのメロディーよりも悲しく聴こえた。
*
それからは無我夢中だった。アンチコメントには目もくれず、ひたすら音楽と向き合い続ける毎日。ひたすら前に進み続ける毎日。再生回数が増えれば増えるほど、世間の注目度は高まっていく。
全ては私の歌声をみんなに届ける為。その思いが実ったのか、徐々にメディアへの露出も増えていき、映画やドラマの主題歌も任せてもらえるようになった。
今やナナセを知らない人の方が少ないんじゃないか──。そんな声すら聞こえ始めた秋のある日。
歌手として最高の栄誉である、あの番組への出演が決定する。
[ナナセ 紅白歌合戦出演決定!]
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