歌姫デリート

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 この国で歌手の誰もが目指す、一番高い場所。遂に辿り着いた──そういう感覚だった。 「やったわね! これから大晦日まで忙しくなるわよ──!」  萌ちゃんもいつも以上に気合いが入っている。前だけを見て、一心不乱に走り続けた努力がようやく報われた。私も嬉しかった半面、少しホッとしていた。 「萌ちゃん……私、頑張ってよかった」 「いいえ──ナナセはまだまだこれからよ。頂点からの景色、見に行きましょう」  オンライン通話から覗くパートナーの表情は晴れやかだった。多分、私も同じ笑みを浮かべていると思う。  その日から、大晦日に向けての準備がスタート。メディアへの宣伝はもちろん、音響や照明の打ち合わせ、姿を見せない中でどんなパフォーマンスをするのか。決めなければいけないことが山ほどあった。    *  これで正真正銘のスターになれる。そう信じていた。だけど──それは良いことばかりではないと痛感する。  有名になるほど、忙しくなるほど──学校生活にも影響を与えるようになる。私がナナセということはバレていないけど、時々学校を休んででも音楽に没頭するようになった。登校するフリをして、制服のままカラオケへ直行。[ナナセはクソ!]と言う、あの雑音を聴いてしまった日から。  先生や友達には適当に嘘をついて誤魔化(ごまか)していた。だけど──週に一回だった休みが、徐々に二回、三回と増えていく。登校したとしても、声でバレることを恐れて会話もあまりしなくなった。「友達に心配をかけさせてしまう」「学校に申し訳ない」そんな気持ちさえ芽生(めば)えないくらい、私の頭の中は"ナナセ"でいっぱいだった。  どこにでもいる普通の高校生──という仮面を被ったシンガー。もはやどっちが本当の姿か分からない錯覚に(おちい)りながら、季節は寒さを深めていく。そして、十二月も中旬に差し掛かったある日。学校の先生から「終業式くらいは出席するように」と連絡を受けてしまった。  その言葉で、少し我に返る。 「しまった……今月まだ一回も学校行ってないや……」  そう呟きながら、独りのカラオケで項垂(うなだ)れる。そんなことも忘れてしまうくらい多忙を極めていた。一心不乱に、そして狂ったように歌い続けた自分を少し反省する。  萌ちゃんにお願いして、終業式の日は休ませてもらえるよう調整。本業は高校生なのに"調整"と言うのもおかしいけど、実に一ヶ月ぶりに学校へ行くことを決めた。
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