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「……明日奈? ちょっと明日奈?」
「……」
「これからみんなでカラオケ行って"ナナセ"歌おうって
「へっ?! ナナセがなんだって?」
体育館での終業式が終わり、教室に戻ってきた直後。机に頬杖をついてボーっとしていたら、知らぬ間に横から話しかけられていた。
「──何で"ナナセ"にはそんなに反応するのよ」
「あぁ、ごめんごめん……。和奏ずっとナナセ好きだったもんね」
ここ数ヶ月の忙しさで、まだ頭はちゃんと回っていない。本名で呼ばれても返事すらできなかったのに、芸名には大声で反応してしまった。自分でも相当重症だと思う。
「それよりさ! 久しぶりに明日奈もカラオケ行こうよ! 紅白決まってナナセへの熱量も高まって
「ごめん和奏、今日は行けない……。また誘って」
テンション高めの声を遮って、きっぱりと断る。友達に対して心苦しいけど──とてもじゃないけど今は、私の歌声なんて聴かせられない。
「そ、そう? ……明日奈、最近学校にも全然来てないけど大丈夫なの?」
「うん大丈夫。じゃあ先に帰るね」
「ちょ、ちょっと明日奈──!」
もう、早く立ち去ってしまおう──。その方が手っ取り早い。
そそくさとスクールバッグを手に取って、教室とクラスメイトに別れを告げる。久しぶりの友達との再会、それも今年最後の登校だったのに……その時間を楽しむことすらできなかった。
*
「はぁ~……」
正午過ぎに帰宅した独りの部屋。まるで魂が抜けたように、ベッドにダイブして起き上がれなくなった。人生で一番深い溜め息が漏れる。
本当は……みんなとカラオケで騒ぎたい。元々は私も、歌うことを純粋に楽しむ普通の高校生だった。そんな当たり前のことを久しぶりに思い出した。
顔も知らない大勢の人には、歌声が届いているかもしれない。だけど……目の前にいる私の友達には、届いているようで届いていない。みんなを照らす七星になりたかったのに、身近な人すら明るくできていなかった。自分も含めて。
「今って……"楽しい"のかな……」
スマホに映した動画サイトの自分のアカウント。億を超える再生回数や、チャンネル登録者数百万人を超えた数字に、果たして何の意味があるのか──。
称賛するコメントの中には、未だ多くの誹謗中傷も混ざっている。流行り廃るエンタメの世界で、もしこの人気が無くなったらどうなる? 私に何が残る? そんなことを考えたら、急に胸が苦しくなった。
「和奏……他の友達も、その頃には離れてっちゃうよね……」
アカウントの設定画面から"削除"の項目を辿ってみる。[本当に削除しますか?]という問いに指を近づける。
もちろん押しはしないけど──大事な友達の前では、"本当の自分"でいたい。そんな衝動に苛まれた。だけど今は……私の些細な言動が、世間で大きな話題を呼んでしまう状況。「私がナナセです」なんて簡単に言えないことくらい分かっている。
今、ものすごく怖い。どうしたものかと頭を悩ましていると──。
ピロンッ
スマホにメッセージが届く。その通知音で我に返り中身を見ると、[今、明日奈ん家の前にいる]という和奏からの言葉だった。
懲りずにまたカラオケの誘いかな──そう思った次の瞬間。続けざまに、和奏から衝撃的な内容が送られてくる。
[ナナセの正体、明日奈でしょ]
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