歌姫デリート

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 この世界は流行(はや)りに敏感だ。特に入れ替わりの激しい"音楽"は、一度話題に火がつくとものすごい勢いで燃え上がる。今やSNSで誰もが流行りを享受(きょうじゅ)できる時代。ショート動画や"歌ってみた"といったコンテンツは、女子高生である私達の間でも欠かせないアイテムである。  しかし──今日の世間の雰囲気は、いつもと違っていた。 [覆面の歌姫"ナナセ"、姿を消す]  突然飛び込んできたニュースに日本中が大慌て。一日中この話題で持ち切りだ。  SNSに彗星の如く現れた、謎の覆面シンガー"ナナセ"。ひと(たび)曲を世に出せば、ティーンのみならず日本中で大バズり。瞬く間に人気歌手の仲間入りを果たす。  そんな歌姫の存在と歌声が──突如として消えて無くなった。 [ナナセいなくなったって本当?!] [動画サイトにも何も残ってない……全部消されてる……!]  そんなネットの声を耳にする度──私も悲しいような苦しいような、複雑な感情に(さいな)まれた。  それと同時に、高校の友達からスマホにメッセージが届く。 [明日奈(あすな)、まさかここまで大騒ぎになるとはね……]  そう問いかけられると、何だか他人事のように思えてしまう。[ある意味和奏(わかな)のおかげだけどね]と、適当に相づちの返事を打つことしかできないのだから。  こうなることは想像していた。だって本当は──。  ナナセの正体、私なんだもん。    *  彼女(ナナセ)が誕生したきっかけは些細(ささい)な好奇心だった。少しの興味と、最前線で活躍するトップシンガーへの憧れが、自然と明日奈(わたし)を動かしていた。  小さい頃から音楽が大好きだった私。聴くことはもちろん、高校に入学してからは友達とよくカラオケにも行っている。どこにでもいる普通の高校生だった。そんなある日──誰でも楽曲制作ができるというパソコンソフトの存在を知る。 「へぇ……こんなんで本当に作れるのかな」  頑張れば手が伸びる値段だった。お小遣いを貯め、家族や友達には内緒で一番安いバージョンをこっそり購入。  何度も試行錯誤を繰り返しながら、なんとか最後まで完成。ソフトの中で歌声も作れたけど、自分の歌声と合わせた方がしっくり来たので、部屋にあった安物ボイスレコーダーで曲に(いのち)を吹き込んだ。 「すごっ……本当にできちゃった」  記念すべき一曲目。  このまま誰にも聴かれず眠らせておくのもなんだかもったいない。そんな思いで、動画サイトに即席でアカウントと作り、こっそり投稿。「数人ぐらいに届けばいいや」と、軽い気持ちで投稿した。  ──はずだった。それがひっくり返ったのは、わずか数分後。 「えっ? えっ?! ヤバいどうしよう──!」  雪崩(なだれ)のように届くコメントと、光り続けるスマホの画面。鳴り止まない通知音が、"ナナセ"の誕生を知らせる産声(うぶごえ)となった。アイコンの右上に表示された赤い丸の数字は、あっという間に四桁に到達してしまう。  自分でも理解が追い付かないスピード。しかし──画面に表示されたコメントに、思わず口元が緩んでしまった。 [感動した!] [もっともっと聴きたい!]  称賛する声の数々。「数人ぐらいに届けばいいや」という気持ちは、それよりも遥か上へ突き抜けていく。  嬉しかった。言葉では言い表せないくらいに。  もっともっと──曲を作りたい。自分(ナナセ)の歌声をたくさん届けたい。一曲だけで密かに終わるはずだったのに、これが全ての始まりとなった。
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