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 赤坂の高級レストランで、今夜も取引先の接待をするために早めの退社をした斎木は、少々時間がかかってもいいと思いタクシーを拾った。  早めと言っても、すっかり陽が落ちた歩道には、仕事帰りのスーツ姿が談笑しながら歩いている。  オフィスビル他立ち並ぶこの界隈(かいわい)は、グレーやベージュの化粧壁と大きな開口部と地面から天井までガラス張りのエントランスが、単調なリズムを刻んでいた。  夜になると中から漏れる光が通りを照らし、安っぽいフェンスと限界まで刈り込んだ街路樹を浮かび上がらせる。  都内の曲がりくねった道を、乗用車と4トントラックが行き交い排気ガスのにおいを灰色がかった(すす)けた風景にエンジン音とともに残していく。  まだ酔っ払いが出てくる時間ではないので、歩く人々の足取りは生き急ぐように速足だった。  タクシーに乗り込むと、運転手はすぐに発車させて行先を促した。 「赤坂まで。  地下鉄駅の手前で下ろしてくれればいいです。  ああ、『一樹一河の一皿に出逢うレストラン』ってご存じですか」 「はい、かしこまりました」  運転手は前方に視線を向けたまま、のんびりした口調で答えた。  車の流れはスムーズだった。  最近のタクシーは、あまり飛ばさないし接客が丁寧になった。  これも時代の流れだろう。  商売をしていると、取引先を確保しようと必死にゴマをする習慣がつく。  まったくの異業種だが、斎木が置かれた環境と似た感覚があるのだ。 「ええと」  (うな)りながら、何かを思い出そうとする声に反応した。 「『一樹一河の一皿に出逢うレストラン』です」 「ああ、そうでしたね。  ストレートな名前ですね。  最近、長い名前の飲食店が増えた気がします。  聞いたことのない名前ですが」 「そうですか。  恐らく、ストラテジーでつけた名前でしょう。  つまり顧客目線で考えているのです」 「面白そうですね。  いかにも高そうですけど」  信号待ちの最中に笑い声を立てて、ちらりと視線をよこしながら運転手は、 「お客さんは、商社マンですか」  ピタリと言い当てられたので、荷物か胸の名札か何かがあるのかと見回す。 「どこかに書いてありましたか」 「いや、赤坂に行き慣れているようですし、レストランの名前から分析する辺りが専門家だろうと思ったまでです」  そんな話をしている間に、目的地に近づいていた。  車道でもお構いなしに歩く人がいて、走りにくそうにタクシーをゆっくり走らせて路肩につけた。  アプリで決済すると告げ、滑るように歩道へ降りると、 「ありがとうございました」  と身体を向けて頭を下げる運転手が、改めて斎木の身なりを確かめているようだった。  周囲を見回し、知り合いがいないか探しながら目的の店の方へと足を向けて歩き始めた。
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