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職業柄、お客さんが話していた店が気になってふらりと寄ってみるのは珍しくない。
話の種にもなるし、時には仕事にも役立つ。
おいしい飲食店を一通り知っていれば、あらゆる面で豊かになるのである。
悩みの種は、都内には駐車場が少ないことである。
一旦会社に帰るほど夕食に時間をかけられない。
仕方がないのでコインパーキングに停めた。
田舎ならコンビニやトラック食堂で簡単に済むのだが。
青森から独りでやって来て、東京の会社へ就職したと喜ぶ両親や近所の人たちにタクシー運転手だなどと今更言えない。
羽振りがよさそうな商社マンなどを乗せたから、今夜は特に自分が貧相に感じられた。
「確か、ここのはず ───」
カーナビに入力した名前は、ここにヒットしていた。
思ったよりも落ち着いた佇まいである。
ウォルナットを基調に白壁とガラス面が多い外観は解放的な印象である。
ヨーロッパを意識して、広いウッドデッキのテラスが設えてあった。
「いらっしゃいませ」
愛想良く口角を引き上げ、ニンマリとした店員は、恰幅が良い。
「どうぞ」
声を残して背中を向け、こちらの答えを聞く気はないようでサッサと奥へ歩いて行く。
当たり前、とでも言うかのように店内に引き入れられてしまった。
真っ白なクロスがまぶしい。
清潔で、温かみがある白である。
メニューをポンと置くと、グラスにサッと水を注ぎ顔を覗き込むように一瞥しただけでウエイターは立ち去ってしまった。
ぐるりと見回すと、意外なほど店内は広かった。
手に取ったメニューを広げると、あっと声を上げた。
すべてフランス語で書かれているようだったからだ。
白地の紙に小さなアルファベットが踊る。
判読できる単語がないか、必死で目で追うが視線が流れ頭に何も入ってこない。
小畠は、何か手がかりがないかと睨み続けたが写真もなくまったく分からない。
並び順からドリンクだけは分かったが、内容まではイメージできなかった。
心臓が早鉦のように鳴る。
じっと眺めていると、メニューと書かれたところがセットメニューらしく、デザートは綴りが英語に近いので分かってきた。
すがるような目で手が空いた店員を探すが、息つく暇もなくてんてこ舞いで動き続ける白エプロンを引き留める隙が見つからない。
手を挙げてみたが誰も振り向かなかった。
「注文するしかない」
メニューを一度閉じると、後ろからウエイターが近づいてきた。
ブツブツとつぶやきながら、鶏肉の料理らしきものとパンを注文した。
レストランにきて、こんなに心細い気持ちになるとは。
早く食べて仕事をしたい気持ちでいっぱいだった。
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