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8、ただいま、おかえり
まだ少し薄暗い明け方。
小熊は大の字でスヤスヤ眠り、親熊の腹ではシオンがもふもふの毛並みに顔を埋めて眠っている。
静かに近づくライに親熊が気付き、多少非難する様なじとり目がライに向く。
「シオンをありがと、世話になった」
「ガウ」
小声でお礼を述べれば、親熊も小声で返事を戻す。
ライは、眠っているシオンを掬い抱き上げる。
ライの肩にシオンの頭が寄りかかる。
その顔を覗き込めば、まだ微かに頬が濡れ、泣いた後がはっきりと伺える。
戻って来た温もりが、悲しい程に愛しい。
シオンの寝息が間近に聞こえ、感情が遡る。
「・・・ごめんな、ユキト、ごめん」
何度、ユキトの死に絶望し、無力な自分を嫌悪し、命を絶って後を追う事を考えたか。
四年前、行って来ます、と別れ際の口付けをし出かけ、それっきり途切れた温もり。
森の外で待機して貰っているヒカルとサクラコの所に早く戻るべきなのだろう。
けど、もう少しだけ、胸に湧く想いが落ち着くまでシオンと二人で居たかった。
大きな大木に背を預け、しゃがみ込む。
ライの腕の中には、シオンが寄りかかり収まっている。
「ただいま、ユキト。それと、おかえり」
*****
シオンは息苦しさで、微睡から意識が浮上する。
酸素が熱くて呼吸が出来ない。
口の中も違和感、舌に何かが張り付いて遊ばれている感覚。
自分に何が起こっているのか分からず、瞼を開ける。
驚きの余り、シオンは歯を噛み締めてしまう。
ライは予想していたのか、舌を噛まれる前にシオンの口から素早く離れる。
「おはよ、シオン」
「な、な、な、なにしてっ」
「まだ足りない」
言うやいなや、迷う事なく再びシオンと深い口付けを交わし始める。
執拗な蕩ける口付け。
強引に口内に押し入ってくる癖に、荒らし方は優しい。
昨日は突き放しておいて何なんだ。
と、夜通し泣くはめになったライの言動と、今行われている甘美な所業に、シオンの頭は大混乱を起こしていた。
「ごめん、美味すぎて止まらなかった」
「・・・はぁ、はぁ、色魔剣士」
結構な時間、口内を遊ばれ、解放された時には酸素不足で、シオンの体はくったりと力が入らずにいた。
シオンは目線を動かし、状況を確認する。
一晩中お世話になった親子熊が居ない。
そして今、自分はライに抱き寄せられている。
「シオン」
ライが静かに名を呼べば、ビクンっとシオンの肩が小さく跳ねた。
昨日、ライに言われた拒絶の言葉を鮮明に思い出し、また涙が目元に浮かぶ。
「仲直りしよ、昨日は酷い事を言った、本当にごめん。泣かせて悪かった、シオン」
シオンは一晩中親熊のもふもふぬくぬく癒し空間で泣かせて貰い、自分の中で理解した感情があった。
どうしてライの言葉や態度が、あんなに棘々しく胸を抉り、悲しくなったのか。
それは恋慕を、ライに感じていたからだと。
でもライには自分に良く似た、亡くなった恋人、ユキトがいる。
おそらく仲直りの言葉も、自分が泣いてしまったからだ。
ユキトを泣かせた様で、後味が悪くなっての謝罪なのだろう事は、シオンも予測が付いていた。
「謝らないで。私が、ライに迷惑掛けたのは本当の事だし。私の方こそ、無理やり同行する様な事しちゃって、ごめんなさい」
「シオンは悪くない、謝るな。俺は、シオンを迷惑だなんて思ってない。一緒に居られて楽しかったよ」
「うん、優しいねライは。仲直りしに来てくれてありがと。私はこの後任務に戻るし、ライも」
「ちょっと待て、俺はここでシオンとお別れするつもりはない。仲直りして、告白する為に此処に居るからね俺」
「は?」
「シオン好きだ。夫婦になろ」
「・・・」
忘れられない女が居る癖に、何言ってんだこの男は。
と、シオンは怒りが沸く。
確かにシオンはライへの恋心を自覚したが、それは同時に失恋も理解していた。
似ているとは言っても自分は決してユキトではない、ユキトの代用品にされるなんて真っ平ごめんだ。
むしろシオンは、恋心が膨れ上がる前に、ライとの関係を綺麗さっぱり断つべきだと考えている。
「お断りだ!」
「うん、そう簡単に落ちないのは分かってる。大丈夫、少しずつ慣らして口説き落とすから。懐柔して行く過程も楽しそうだ」
シオンはまだ気が付いていない。
シオンの首にはすでに桃色金剛の銀鎖が掛けられ、朝日が当たり美しく光輝いている事に。
「さぁシオン、森を抜けよ。ヒカルと姫様が外でお待ちかねだ」
「え、魔王様とサクラコが!ほんと!?どうしてお二人が!!?」
花満開で可愛い笑顔を撒くシオンが気に食わず、ライは今一度、シオンの唇を食し始めた。
第八話「ただいま、おかえり」終
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