7、剣士と魔王、時々姫

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「あのねライ君。シオンちゃんは、ユキトちゃんなの」 「は?」 軽い口調で言ってのけるサクラコに、ライは怪訝そうに眉を寄せる。 余りにも太刀が悪すぎる冗談だ。 ラビア国の姫だろうが、ライはお構いなしに「不快だ」と言わんばかりの憤怒を表し睨み付ける。 その悍ましい迫力に、サクラコは咄嗟にヒカルの後ろに隠れる。 「そう睨まないでくれ。サクラコも、シオンを思うが余り少し先走った発言をしてしまっただけなんだ。とりあえず、俺の話を、最後まで落ち着いて聞いて欲しい」 ヒカルはサクラコの発言を一切否定していない。 気持ちを整わせる為に、ライは呼吸を深く落とした後「分かった」とだけ答えた。 「四年前、ラビア国を旅し、ある森の河原で休憩をとっている時、人間の女性の遺体が流れて来た。救い上げ、すぐに状況を確認したさ、無惨な姿だった。その女性に何が起こったのか、何となく察したよ」 震え出す足、心臓もドクンドクンと弾み痛み出す。 まだヒカルの話は序盤だと言うのに、ライは既に崩れ落ちてしまいそうになっていた。 「その女性に触れた時、まだ僅かに肉体に留まっていた思念を読む事が出来た。とても純粋で、優しい心根を持つ女性なのが分かった・・・救えるものなら救いたい、そう思ったよ。だから、駄目元で俺は自分の血をその女性に与えてみたんだ」 「血、を?」 「駄目元だよ、成功例はほぼ聞いた事がなかったし、俺も史実として教わっていただけで半信半疑だった。だが、試す価値はあると思ったんだ。寿命を全うしていない死んだ人間に、魔王一族の血を与えると、魔族として再生される事があると」 「何、言って・・・」 声が震える。 心臓も脈も早鐘し、脳に煩く響く。 ヒカルが伝えようとしている事柄に、ライは湧き上がる渇望を抑える事が出来ずにいた。 「当たり前だが、大抵は我々の血を与えても無反応者ばかりだそうだ。でも、運の良し悪しなのか、何かしらの条件や状況があるのか、それとも、本人の生きたいという強い意志によるものなのかは分かっていないが、適合者として反応を示す者が幾人か現れる。けれど、その適合者も、人間の体から魔族の体へと変化する衝撃に耐え切れず、朽ちて行く場合が殆どだと聞かされていたよ」 「・・・」 「その女性は適合者として反応しただけではなく、魔族へ体が置き換わっていく衝撃にも頑張って耐えてくれた。ほんと、強いよユキトは。今は、シオンって名前だけどな」 「・・・っ」 「ただ、記憶が消去されるらしくてね。史実によれば、忘れるのではなく、失うのだそうだ。一度、死を迎えたからなのか、それとも体が魔族として生まれ変わったからなのか。どのみち、過去、人間として過ごした時間の記憶が戻る事はけして無い。俺のこの話を、信じる信じないかは、君に任せるよ」 その場で膝を折り、ライは天を仰ぎ見る、そして声をあげ、涙を沢山溢し泣き始める。 「っぅぁぁぁ~~」 そんな有り得ない奇跡、信じられる訳がない。 魔王の、何らかの意図による馬鹿らしい作り話だ。 ・・・でも、シオンを愛おしく想えたのは、ユキトだったからなんだと、呆気なく認めてしまえる自分が居る。 シオンを、心のままに愛していいのだと、喜んでいる自分が居る。 「ユキトの思念には、ライ、君への愛情で溢れてた、君に凄く会いたがっていたよ。まぁそう簡単には、信じられないとは思うよ、何なら、君しか知らないユキトの黒子の位置とか、シオンで確認し」 「魔王、いや、ヒカル」 「ん?」 真っ赤に染まっている目から流れ出ている涙を拭い、ライは片膝立ちになり頭を下げ、両拳を床に突き、忠誠を誓う低い姿勢を取る。 「感謝する」 「・・・頭を上げてくれ。だから、種明かしなんてしたくなかったんだ。俺は、自分の身勝手な判断が正しかったとは思っていない、感謝なんてされたくないね」 「感謝するよ、ヒカル」 もう一度、力強くライは言い切る。 ヒカルは、あからさまに迷惑そうな顔を浮かべながら「立ってくれ」と、ライに指示を出す。 言われるがままに、ヒカルとは打って変わり、迷いの消えた表情をしながらライは膝を伸ばし立ち上がる。 .
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