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1、森を出る前に寄り道を
ラビア国。
小さないざこざはあれど、人間と魔族が共存する平和な国だ。
そして今、とある森を彷徨う男女がいた。
「シオンって魔族だよな?」
「分かるの?」
「色々場数を踏んできたからか、いつの間にか魔力感知が出来る様になってた」
「魔族は嫌い?」
「まさか。可愛い子なら、人間も魔族も俺は好きだよ」
ライの後を、シオンは次いで歩く。
シオンにとっては同じ景色続きで、方角など全く掴めないと言うのに、ライは迷いなく闊歩している姿に、自分より格上の探知技術を見せつけられ、多少なりの悔しさを抱いていた。
どーん、どーん。
先ほどから、遠方で何かが壊れる様な物音が定期的に響いてくる。
「魔物同士の争いでも起こってんのか?」
「そんな所でしょうね?」
暫くすると物静かになり、どうやら決着が付いた様だ。
シオンは静かに足を止める。
「ねぇライ。寄り道して行かない?」
「構わないけど」
「ありがとう」
軽く礼を述べた後、シオンはライが進もうとしていた方角と異なる向きへと走り出す。
ライもそれに続く。
ライは、シオンがどこに向かおうとしてるのか、すぐに察しがついた。
進むに連れ、血の匂いが濃厚になっていく。
辿り着いた場所には、5メートルはあるであろう大きい熊が、ガウガウと血みどろで泣いている。
その熊は、胸に3本傷があり微動だにしない子熊を抱いていた。子熊と言っても2メートルはある。
何と戦っていたかは定かではないが、この熊親子は負けたのだろう。
子熊はもう虫の息だ。
「魔物版の熊って、俺初めてみたわ。でかいな」
「感心してないで、手を貸して」
「へいへい、で、シオン嬢は俺に何をして貰いたいわけ?」
「親熊と子熊を引き離して」
「簡単に言ってくれるね」
「剣士様なら簡単でしょ?でも、殺生はしないで」
「注文多いな」
「命を救いたいだけよ、協力して」
「たく、優しいお嬢さんだな、シオンは」
ライは高速で親子熊の間に割合ると、親熊の腕を掴み、ぶん回した。
親熊は空中へと投げ出されたが、地面に叩き落ちる間際には持ち直し、きちんと4本の手足で着地を決めた。
「図体でかい割に、機敏な動作するんだな」
親熊は、悲しみに満ちた目でライを見据えた。目からは大量の涙が溢れている。
急に投げ飛ばされた怒りよりも、子熊を失った悲しみの方が大きいのだろう。
親熊は子熊の元に戻ろうと、地響きを立て走り寄るが、ライは親熊の前に回り込み、突進してくる親熊の頭を片手で抑えた。
地面を蹴り、頭を振り、親熊はライの手から逃れようと必死に暴れる。
ライが親熊を抑えているうちに、シオンは子熊の元へ。
近寄るな!!とばかりに、親熊の悲しい叫び声が森で小玉する。
シオンは何かを持つ様に、両手を胸の前に置く。
温かみのある白い光が、シオンの両手の間から輝き出す。
その光は白い透けた布状になり、シオンはその布を、力なく横たわる子熊にふんわりと優しく掛けた。
子熊の傷跡が癒えていき、赤に染まる毛色も元の栗色へと。
子熊は不思議そうにキョトン顔をしていたが、すぐに親熊に「ガウ」とひと鳴きし、元気になったよ!とばかりに、二足でスクッと立ち上がってその勇ましい姿を見せつけていた。
「へぇ、見事だ」
「治癒術は高度で苦手なのよね、疲れるし集中力が必要だし。おまけに対象に近付かないと失敗し易い。ライ、もういいわ。親熊さんを離してあげて」
「はいはい」
ライが手を離すと同時に、親熊は子熊に駆け寄り抱きしめていた。
今度は嬉しそうに「ガウガウ」泣いている。
感動の抱擁をしている親熊にも、白い布を巨大化させ包む。
子熊同様、傷も血色も消え、綺麗な毛並みのただの大きな熊がそこに居るだけとなった。
「行きましょ」
「満足したか?」
「えぇ、付き合ってくれてありがと」
「どういたしまして」
その場から去ろうとするライとシオンに「ガウ」と言う声が掛かる。
ガウ、ガウガウ、ガウ。
「なんか、礼を言ってるみたいだな」
「みたいね」
シオンは親子熊に近寄り柔らかな毛並みに触れる。
親熊、子熊と、それぞれに優しく微笑む。
「強い、熊さんになってね。強くなれば、大切な人を守り抜く事も、誰も傷つけずに戦えるようにもなるから、あの剣士さんの様に。元気でね」
シオンの言葉を理解したのか、子熊が力強く「ガウ」と答えていた。
親子熊と別れ、再び森の出口を目指す。
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