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「ここは……?」
薄暗い坂の両脇には延々本棚が並び、熱心に本を読む人がポツポツといる。
なんだろう。少し暗いし、所々に黒い何かが蠢いているが、本が読み放題なのは悪くない。
本棚に手を伸ばす。
と。
不意に、左手首を掴まれた。
「こんな所で何してるんすか」
男はグイ、と手首を持ち上げたが、その姿に私は息が止まるほど驚いた。
左額の痣を、縮れた黒髪、野暮ったいハーフリムの眼鏡、顰めた表情とで隠している。不恰好なウエストポーチが三つ揃えスーツのラインを崩してても、気にもとめない。
挿絵はカッコよく描きすぎてて不満だった。二重まぶただったし。でも、目の前にいるのは、イメージ通りの姿。
「……ステム⁈」
私が書いた小説の登場人物が、そこにいた。
「ステム、本当にステム⁈ なぜ……?」
「こっちの質問は無視っすか。つか、そっちが勝手にこっち来といて何故もないすよ。作者という名の神様、好き放題できてマジいいご身分すわ」
私が毎回苦労して推敲した毒舌がポンポン出てくる。こう書けばよかったのか、とボンヤリ思う。そういえば、先程から頭もボンヤリする、ような。
ステムは女王陛下から授かった象牙色のスカーフで、私の手首を縛った。
「いいす、話しましょう。ここは『ヨメズヒラサカ』。未完の物語が集う地獄っす」
「未完の物語…⁈」
「そうっす。好きな物語ほど続き、読みたいでしょ? 現世にない続きで、迷いこんだ人を呼ぶんす。でもここの本を読むと…」
「ねえちょっと! あなた『剣を振り回したいだけの人生だった』知ってる⁈」
近くで本を読んでいた女が、不意に話しかけて来た。
「無視してやんなさい」
ステムがまた、腕を引っ張る。薄情だ。好きな本の話は楽しいのに。話に乗った。
「ええ! 面白いですよね、でも、続きが出なくなってもう何年も」
「それが…あ」
「ひっ‼︎」
女はみるみる黒ずみ、言葉にならない言葉を叫びながら、また本棚を彷徨い始めた。
「……ああなるっす。あの人、もう元の世界に帰れない」
「え……そんな…!」
黒ずんだ人たちは、本棚を彷徨ったあと、坂の向こうへ去っていった。
震えた。
なんという、地獄。
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