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昼と同じように一錠、水で薬を飲んだ修一。
今度は自分でコップを洗っていると、不意に思いだした。
『……あ、あし、た……。お前の、気が変わって、いなければ……』
ぶわ、とまた顔に熱が集まる。
本当に、奏太とのこととなると、情緒が可笑しくなってしまったようだと思う。
二つ目の紙袋の中に入っていた物に、奏太は気付いていない。
幅広のOPPテープでぐるりと封がされた簡素な茶色の紙袋。それに〝餞別よ。どうせそのうち使うハメになるでしょうし。〟と紫苑の文字で書かれた付箋が貼り付けられていた。
こっそり確認すると、それは。
(……あの野郎……。いや、新品を寄越して来ただけまだマシか……?)
直腸洗浄用のシリンジだった。ぬるま湯などを入れるタイプの。
紫苑はそちらの方面に大変明るいので、服の下敷きにして紛れ込ませたのだろう。
修一も洗浄経験が無いわけではない。青木に命令されて見られながらの洗浄も経験済みだ。
だから使い方は分かる。だが……。
(……奏太の気は、変わっていないのだろうか……)
ちら、と彼の様子を見てみる。
機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら、パソコンで何かを認めていた。
画面のレイアウト的に、メールソフトだろうか。
(……仕事関係だったら、邪魔するのも悪いな)
修一はそう思い、教えてもらった食器拭き用の布巾でコップの水分を拭い、戸棚に戻した。
「よっし」
タン、とキーを押す音が鳴る。
マウスでソフトを閉じ、パソコンもシャットダウンし始めた。
その物音に、思わず心臓が跳ねた。
中身を確認後、思わず紙袋の中に封印してしまった〝紫苑の餞別〟。それを早速使うハメになってしまうのだろうか。
と、そのときだった。
パソコンデスクの上に置いてあった奏太のスマートフォンに着信が入る。
緊張のあまり、修一は着信メロディにもビクついてしまった。
奏太は首を傾げつつ、応答することにしたらしい。
「はい、佐々木です。今日はありがとうございました。あーいえいえ~」
(……もしや、相手は神谷か?)
そう修一は推測する。
「……え? は? 俺と修くんを? え……か、神谷さんに通報……あ、もうしてます?」
一気にきな臭くなってきた。
修一は嫌な予感がする。
(……もしや、連中の誰かが電話に相手に殴り込みに……!?)
そう思うといてもたってもいられなくなった。
電話の相手は今日自分と奏太が接触を持った人物。そのうち神谷刑事は除外できる。
とするなら。
修一は音もなく奏太の背後に寄り、彼の手からスマートフォンを抜き取った。
「あっ!?」
登録発信先は『【prism-butterfly】』。修一は逸る心臓を落ち着かせながら、スピーカーにする。
「紫苑、どうした!」
『あ、ああ、その声シュウ?』
「まさか、青木組の連中がカチコミに来たんじゃないんだろうな!?」
修一の言に、紫苑は一瞬黙った。
「っ、おい、紫苑!」
まさか店内を荒らされたり、従業員達に危害でも加えられているのか。
修一の嫌な推測が加速していく。
その瞬間、ため息が漏れ聞こえてきた。
『……ええ、似たようなモノね。うんと平和的だけれど』
修一はほっと息をついた。
「……? 紫苑ママ、どういうこと?」
彼が安堵の息をついている隙間に、奏太が問う。
紫苑はまたため息をついた。
『……青木組のご老公、って言ったらいいのかしらね……。引退した先々代さんが、愛人さんとそのお友達を引き連れてここに来たのよ。アンタたちに取り次いでくれって』
「……先代?」
『ええ……』
紫苑はまたため息をついた。
『……アンタたちに話がしたいんですって。ついでに、カナタのツラも拝みたいんですって。え、何ですのご老公……、…………、……ああ、来たくなかったら来なくても構わないそうよ。……どうする? アンタたち、イチャイチャしたかったんじゃないの?』
紫苑のその指摘に、修一はグ、と言葉に詰まった。
奏太は逆に、涼しい顔で答えた。
「……いいですよ、行っても」
「そ、奏太!」
そっと、奏太は修一の手を握った。
「大丈夫。俺のカンだけどね、悪いようにはきっとならないと思うんだ」
にっこりと笑って言う奏太に、修一はそれでも首を振る。
「……ダメだ。お前を危険に晒しかねない。そんなところに向かわせるなど出来ない……!」
「ん~……、そうだ紫苑ママ、そのお友達の名前、訊いてみてくれる?」
いきなり話がズレたような奏太の提案に、修一も紫苑も「は?」と訊き返してしまった。
「いいから、ホラホラ!」
奏太が急かすと、紫苑は仕方ないといったようなため息をついた。
電話口から、小さくやりとりが聞こえてくる。
その中で出た名前に、修一は目を見開き、奏太はやはりといった風に頷いた。
「修一くん、せっかくだし修一くんのこと紹介したいな」
にっこり。奏太は満面の笑みを浮かべた。
「俺のじいちゃんとその腐れ縁に」
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