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「……お前は、俺のことを……、す、す……好き……、だとか、言ったが」
「うん」
「……俺は、後ろ暗い時期のある人間だぞ。そんな俺が、お前に相応しいと思うか?」
修一はそう言って奏太を見る。
彼は、黙って首を振った。
「そんなの、他人が決めることじゃないでしょ」
「……ここぞとばかりに、お前にアンチが沸いたらどうする。それに同志も」
「同志?」
「あ、いや、」
間違えた、と修一は言い直す。
まさか、心の中ではファンのことを同志と言っていたとは言えまい。
「ファ、ファンだ。お前のファン。ファンにも、何を言い出すか分からない連中がいるかもしれないだろう」
「あ、あー……」
「お前の親族だって……」
「ああ。それに関しては大丈夫。父さんも母さんも理解してくれてるから」
「え?」
自嘲気味に笑う奏太に、修一は訊き返す。
奏太はどこか、郷愁めいた笑みを浮かべた。そして、特に躊躇うことなく答えていく。
「俺ね、バイなの。それも相当なある意味での面食い」
そう奏太が告げた瞬間、修一の柳眉が訝しげに寄った。
「俺って元々、好きになるタイプは一貫してたんだよね」
そう言い、奏太は羅列を始める。
初恋の相手は幼稚園のとき。隣で弁当を楽しそうに食べていた女の子。
次に恋した相手は小学校の同級生。給食を毎食目を輝かせ完食していた男子。
その次は中学生。食べる姿が綺麗だった同じクラスの女子。
その次は高校の頃。当時友人が所属していた運動部に持っていった差し入れを絶賛し、次の差し入れを所望してきた男性の先輩。
「さて、修一くんに問題です。この四人の共通点はいったいなんでしょ~か?」
にっこり、奏太が笑って問いかけてくる。修一は首を捻って考え始めた。
(……提示された人数は四人、男女比は半々。共通点は、同級生や同級生と接点がある人物ということ……。……ん? 待て? そういえば、やたら食べ姿への言及があったな?)
そう思い、奏太に向かい合う。
「……もしや、美味そうに食べる人間……か?」
「ふふふ、せーいかーい!」
奏太は愉快そうに笑うと、ぱすんと背もたれに身を預けた。そのまま天井を見つめながら述懐する。
「まあ見た目は綺麗系の人が好みなんだけど、それは単なる好みであって、見てると目の保養だな~とか、そういう意識でしかないの。動物を見て可愛いなぁとか、花を見て綺麗だなぁとかって思うのと同じ。そこから一歩踏み込んだ関係になりたいなぁってなると、食べ物を美味しそうに食べる人にばっかり惹かれちゃう。そうなると、その人の見た目とかは全然気にならなくなるんだよね」
奏太は身を起こした。ぺたりと修一の上腹部に手を当ててくる。胃のあたり。
「これはうちのばあちゃんの考えでね、好きな相手を落とすにはまず胃袋からいくべきだ、って。じいちゃんとばあちゃんは見合いだったけど、その後のデートに必ずばあちゃんの手作りの何かしら食べるものを持っていってたら、プロポーズが『あなたの手料理を死ぬまで食べたいです』……だったらしいんだ」
そこから、つぅー……と五本の手指が心臓のあたりまで移動した。
ふ、と修一の引き結んだ唇から吐息が漏れる。
「だからね、俺も本気で付き合いたいなって思った相手には、まず食べさせるようにしようって思った。……修一くんは、初めて俺が本気になった相手だよ」
「ほ、んき」
「そ」
もぞりと動いたかと思うと、奏太は修一の腿上に乗り上げてきた。
その目は、どことなく雄の本能を感じさせる。
どく、と耳の奥で鼓動が聞こえる。
どうしてだろうか。今の奏太は、修一に迫る青木と似たような雰囲気を醸し出しているのに、全く嫌な気はしない。
それどころか――……。
「思春期の頃は男も好きになれる自分って可笑しいのかなって悩んだりもしたんだよ。だから男もイケるのか確かめるのに、歌舞伎町をうろちょろしてたわけ。【カナタ】って通名を名乗ってね」
すり、と奏太の手が修一の頬を撫でる。
触れられた場所から、熱が発生するようだった。
好きになってはいけない相手を好きになってしまう。その心情や感覚を修一はこれまで理解できていなかった。なるほどこれか……、と頭の片隅でぼんやり思ってしまった。
「まあ、結局声をかけてきた人とは、一晩ラブホで後腐れない関係でハイサヨナラ、ってことばっかりでね。女の子ならまだいいんだけど、男の方は俺を抱かせろっていう奴ばっかりで辟易してて。だから、相手は選んでたんだよねぇ。案外、大柄だけどネコ希望って人を見極める技術もついちゃった」
「……なるほど。声をかけてきた相手を食い散らかすと有名という噂は真実だったのか」
「えぇ!? そんな噂たってんの!?」
修一の言葉に、奏太は仰け反った。
「食い散らかすはナイよ~……。一応相手にはこっちの意図はこうなんだけど大丈夫か、って説明して、納得いった人としかヤってないも~ん……」
「ほう。それでも経験人数は多い、と」
修一はわざと意地の悪い言い方をした。すると奏太は首を捻り始める。
「ん、んん? んんん~……? ……いや、そんなに多くはないと思う、よ……?」
「は?」
「だってねえ」
奏太はため息をついた。
「コンビニでパン一つ買って、『食べ物を美味しそうに食べる人以外とは同じベッドに上がりたくもないから』って説明して、ホテルに入る前に食べてもらって、俺の基準に合格した人としかホテル入ってないから、寝た人数はそんなにいないよ。童貞かって言われたら違うとしか言いようがないけど」
「……なるほど」
食い散らかすという表現にはある程度の語弊があった、と修一は情報を改めた。
「……ホントに、修一くんって存在そのものが、俺にとっては奇跡みたいなものなんだよ」
そう言われて悪い気はしない。それでも、奏太の気持ちを受け入れるには、高い心理的な壁がある。
ガチ恋勢からの反転アンチ、元から奏太を気に入らないアンチ、青木組からの報復の可能性。
これから発生するであろう、これらの存在は、修一にとって無視することなどとても出来ない。
奏太が抱きついてきた。ぎゅう、と強めの力加減だ。
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