menu.6 出汁の香りは心ほぐしの香り(1)

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menu.6 出汁の香りは心ほぐしの香り(1)

ちちち、ちゅんちゅん。いつかも聞いた野鳥の声。カーテンに遮られた朝日。 あたりを見回すと、見るのは二度目の寝室。 よくスプリングの効いたベッドの上で、修一はのっそりと起き上がった。 「……眠ってしまった……」 無意識にガシガシと頭をかく。それからあくびをした。 本当に、ここ近年稀に見るほどの快眠だった。 修一は昨晩のことを思い出す。 ********** このままずっとくっついていたい欲求を、修一はなんとか抑える。 そっと奏太を引き剥がすと、それを察したのか彼はこう言ってきた。 「……夜も遅いし、そろそろ寝よっか」 「……ああ」 奏太は修一から降りると、手を差し出してくる。その意図が分からなかったが、手を取った。 立ち上がるのを促すように軽く腕を引かれた。その通りにしてみると、奏太はにっこりと笑い歩き出す。 ガチャ、と開いたドアの先の光景を見て、修一は一瞬固まった。 見た覚えのある部屋に鎮座する、見た覚えのある大きなベッド。 「アレックス、家の中の電気消してー」 『はい、室内灯をオフにします』 音声認識サービスの応答が聞こえたと思ったら、リビングの電気が消えた。 そこで修一はようやく思考が復活する。 いつどうやって脱がせたのか、修一のジャケットは既に奏太の手によって、クローゼットのハンガーに吊されている。 修一は慌てて奏太に言った。 「ま、待て! 何で一緒に寝る必要があるんだ!」 「え? ウチにベッドがこれしか無いからだけど? 大丈夫大丈夫、これクイーンサイズだから」 「そういう問題じゃない!!」 「じゃあどういう問題なのさー」 たった今さっき、奏太への感情のカテゴリが『ファンとしての好感』から『肉欲と羞恥心を伴ったほぼ初恋』へと変化したのを、渋々でも認めたばかりだというのに。 同衾なんぞ出来るわけがない。心のどこかが爆発してしまう。 そんな思いから、修一は必死の抵抗を試みた。 「俺はソファーでいい!!」 「えー、それじゃあ修一くんがよく寝れないでしょ? いいから寝ときなって」 「奏太こそ、1人でゆっくり寝た方がいい! お前自分が打撲患者だということを忘れてないだろうな!」 「クイーンサイズなんだから大丈夫だって言ってるじゃん! 俺はちっこい、修くんはでっかい、はい平均すりゃ丁度いい!」 「良くない!」 ここで、一旦議論が途切れる。二人でやや荒い息をつきながら睨み合った。 ふと、奏太が腹を押さえる。 「……あ、いたた、あいたたたたた~~~。おーぎサンに蹴られた腹筋がイタイなァ~~~~~」 その言葉と、ちらちらとこちらを伺う視線に、修一は呆れの感情が強くなっていく。 (……とんだ棒読みだ……) 野良猫の方がもっと演技力が高いのでは? と詮無いことを思う。 が、次に飛び出してきた言葉は流石に聞き流せなかった。 「修くんが一緒に寝てくれたら、俺の腹筋も喜ぶんだけどなァ~~~~~」 わざとらしく、芝居がかった台詞。 ちらっ、ちらっ、と寄越される視線。 視線の中に隠れた、「寝るよね?」という圧。 ぐぅぅ……、と修一は唸った。 「修くんが一緒に寝てくんないと、俺の腹筋が泣いちゃうなァ~~~~~」 ちらっちらっちらっ。増えていく視線の圧。 (………………ぐ、ぬぬぅ……!) 背にはこの部屋の出入り口となるドア。今すぐ出て行くことも可能だ。 だけれど、どうしても足が動かなかった。 それが何故か分からないまま、修一はがっくりと項垂れる。 長い長い沈黙のあと、消沈した声で結論を出した。 「……仕方ないな……」 その言葉を聞いた奏太は、先ほどまで腹筋通を訴えていたとは思えない素早さで動き始めた。 テキパキとベッドの上掛けを剥がし、枕を適度に話、中心に長クッションを置く。それから、修一の腰回りに手を伸ばそうとしてきた。 慌てて自分の腰に手をやってガードする。 「ま、待て! 何する気なんだ!」 「え? 何ってベルトしてると寝苦しいかなって。ついでにズボンも脱いでいいよ?」 それを聞いて、修一は窮した。 (……スラックスは死守しないと……!!) 先ほどのキスだけで勃起していたなどという、少年じみた反応をしていた体だ。今脱ぐのは非常に困る。自身の沽券に関わる。 あれだけ密着していたのだから、奏太が気付いていないわけないだろうとは思っているが、それとこれとは話が違う。 奏太に剥ぎ取られるよりマシか、と修一は自分からベルトに手をかけた。 「ベルトだけ外すから! スラックスはいい!」 「えー」 (何が不満なんだ!!) またも羞恥で涙目になりながら、修一は乱雑にベルトを抜く。それを奏太に放り投げ手を封じたところで、ワイシャツのボタンを上から二つ外し靴下を脱いで丸めまとめた。それを無造作にスラックスのポケットに押し込む。 奏太が振り向く前に、クローゼットの方に背を向ける形で、さっさと寝転がった。
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