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「……で、その結果がこの顔面ユルユル野郎の出来上がり、ってワケ?」
突如として自身に向けられた軽口に、修一は食事の手を止めた。
取り皿の中で湯気を立てる親子雑炊。それに浸る時間を奪われた修一は、無意識に渋面になっていた。
「……いきなり何なんだ。失礼だろうが」
「そうだよ! それに、俺の作った料理でユルユルのテロンテロンのエッチな顔になるのが最高に可愛いんじゃん!! それが分かんないなんて、ママもとんだ節穴だよね!!」
奏太の主張に、修一は脱力感を覚えた。レンゲを取り皿に置いてダイニングテーブルに項垂れる。
というか、自分の顔面がそんなことになっていたとは知りたくなかったと思う。
「……奏太。それは思っていても口に出すんじゃない……」
「えぇ~? これは言っとかないとダメなやつだよ。主張しないと、主張~」
「しなくていいから……」
そう呻いていると、修一の隣席にドン、と最大サイズの手提げ紙袋が二袋も置かれた。百貨店のそれを指して、私服姿の紫苑が言う。
「とりあえず奏太、うちにあったコイツの予備の着替えやらパジャマやら、諸々持ってきたから買い足すまではこれで回しなさい」
「ありがとママ~」
そう返事している奏太の向かいで、修一は袋の中身を確認する。
何かがあったときのためにと、青木らが用意していた服の中でも比較的ラフだったりカジュアルだったりするもの、そして寝間着に使えそうなTシャツやスウェット、数枚の未開封下着などを抜き取って、少しずつ紫苑の家に匿ってもらっていたのだ。
青木の気が向いたときに大量に服を用立てられていたため、衣替えのドサクサに紛れて存在を消していたのだが、青木も気付かなかったらしい。
あるいは、気付いていて黙認していたか。
(……どちらにしろ、どうでもいいことだな)
一着ずつ、何が入っているのか確認しようとしたが、意外と量が多い。
「……おい、もしかして、全部持ってきたのか」
修一が問うと、紫苑とパートナーは頷いた。
「だって、アンタのセレクトじゃあアタシの趣味じゃないし、ダーリンだとつんつるてんのパッツンパッツンになっちゃうじゃない。着れないのよ。それなら、全部アンタに押し返したほうがまだ建設的だわ」
「着る気が起きないなら、リサイクルショップか、自治体のリサイクルボックスに出すといい」
おおぉ……、と奏太が気圧されたような声を出した。
紫苑のパートナーは身長と筋肉が豊かで、褐色の肌にウェーブのかかったセミロングの黒髪という風貌だ。しかも今はサングラスをしているため、非常に厳つい。声も太いというおまけ付きだ。
そんな会話を聞きながら、修一は紙袋を横に置いてまたレンゲを手に取った。
「って、確認しないわけ!?」
紫苑がぎょっとして言う。
修一はじろりと横目で睨んだ。
「奏太の料理を味わうのが何よりも先決だ。邪魔をするな」
そう言って、レンゲで雑炊を掬い、一つ息を吹きかけて口に運ぶ。
具はリクエスト通りの、鳥のささみ肉、みじん切りのにんじん、そして卵。それらが、ささみと鰹節から出た出汁と絶妙に絡み合い、旨味のハーモニーを奏でている。
だし巻き卵も最高に美味しかったが、この雑炊の卵もまた最高だ。ふわふわのとろとろ、綺麗な薄黄色の卵がとろみのついたスープで泳いでいる。
ささみも食感が素晴らしく、また旨味も適度に残っていて、尚且つ調味で薄く垂らされた醤油との相性が抜群だ。
にんじんは小さなさいの目とも言うべきみじん切りだが、コトコトとじっくり煮込まれたおかげで柔らかく甘く仕上がっている。
米は元々冷凍していたとは思えない程ほろほろとしており、具と一緒に口に運べば出汁と醤油、食材とともに幸せを運んでくれるようだった。
紫苑の視線をものともせず、修一は雑炊を口にする。
胃液で食道が荒れていようが、メンタルがふとしたことでバランスを崩そうが、奏太の料理を食する時間は誰にも邪魔はさせない。
その思いで黙々と手と口を動かしていた。
(……ああ、本当に、美味い……)
残り少なくなった取り皿内の雑炊をレンゲでかき集め、皿に直接口をつける。
ゆっくりと雑炊を口内へと招き入れる。全て流したところで、飲み込むのも惜しいと噛み続ける。
だが、もったいないが噛める固形物があらかた無くなった。仕方なく胃に送り込む。
側にあった水のコップを手に取った。一口飲み込み、幸福感に浸る。
ほう……、と息をついたところで、紫苑が呆れたようなため息をついた。
「……なるほど。確かに無駄にエロいわ、これは」
その発言に修一は首を捻る。
「……俺は、奏太の料理を食することが出来る幸運と幸福感に浸っているだけなんだが」
そう言ってみると、紫苑は諦めたような顔で首を振っていた。彼女のパートナーに至ってはサングラス越しに遠い目をして窓の外を眺めている。
「……ダメだ、コイツはカナタとカナタの料理の前だとポンコツにしかならないわ」
疲労感の滲んだ声で言う紫苑。パートナーに話しかける。
「ダーリン、用事は済んだし帰りましょ……。アタシ、こんなクソゲロダダ甘空間にはもういたくないわ……」
「そうだな……」
彼はそう言うと、よろける紫苑の肩を抱いて玄関に向かった。
「邪魔をしたな」
「本当にな。せっかくの奏太の雑炊が温くなってきたぞ」
修一はお玉で土鍋の雑炊をすくい取りながら、文句をつける。
紫苑は玄関に向かいながら吠えた。
「アンタねぇ! わざわざ着替えと常備薬持ってきてやったってのに、何よォその言い草!! 運搬代払いなさいよ!!」
運搬代。しかし修一にはあいにく、支払いのアテがない。
「お前、俺が逃亡防止で現金も電子マネーもクレジットカードも持たされていなかったの忘れたのか?」
「覚えてるわよ!! いつか労力で支払ってもらうからね!!」
ヒートアップする紫苑をどうどう、と眺めながら玄関にフェードアウトしていくパートナー。二人の後ろから、ニコニコしながら見送る奏太。
修一はその光景を、雑炊を頬張りながら見ていた。
「何だったんだあいつは」
一瞬疑問を持つも、それはすぐに雑炊の味に溶けていった。
(ああ、出汁が美味い)
こんなに美味いのだから、表情筋からうっとりしてしまうのは仕方ないだろうに。
修一はそう思いながら、また恍惚の息を吐いた。
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