menu.7 祝杯はXYZで(1)

1/2
前へ
/76ページ
次へ

menu.7 祝杯はXYZで(1)

昼食に続き、おやつ、夕食と平らげ、修一のメンタルは大分安定していた。 おやつはクレープ。まさかの実演付き。 タネをフライパンで薄く焼き、大皿の上で生クリームを絞り出し、カットしたバナナを盛り付け、湯煎で溶かしたチョコをスプーンで細く長く垂らし、両端を畳み巻く。 生地の小麦の風味と、クリームとバナナ、チョコレートの相性が抜群で、いくらでも食べられそうだった。 夕食は寄せ鍋だった。鰹ベースの出汁に醤油がメインで味付けされた鍋つゆに豚肉、豆腐、野菜と、隙のない構成だ。 (こんなに奏太の料理を満喫してしまって、もう一ファンとは言えなくなってしまったなぁ……) 取り皿に残ったスープを飲み干しながら、修一は思う。 こんなに奏太の料理を食べたなどとバレたら、過激派ファン(同志)に何をされるか分からない。 しかし目の前に出された料理を食べないという無作法は出来ない。 (うん、仕方ない。これは仕方ないことなんだ) うん、と一人で頷く。 「修くん、シメ、うどんと餅と袋麺とどれにする~?」 パントリーを漁っていた奏太が訊いてきた。 迷わず修一は答える。 「袋麺」 「は~い」 小さくガタガタと物を取り出す音がする。 修一は改めて、この幸福を噛みしめた。 鰹節だけでなく肉と野菜の旨味が溶け出した濃厚なスープで煮た麺。これもまた最高だった。 残さず平らげ、夕飯の片付けも手伝い、一段落ついたところで修一は、リビングのソファーで解脱状態に陥っていた。 昼からずっと、心穏やかに過ごせたと思う。 少なくともこれまでの生活からは考えられないほどに。 (……薬、飲むの面倒だな……) うとうとしかけていた体を叱咤し、なんとか立ち上がる。 紫苑が服と共に置いていった。 その正体は病院が処方した精神安定剤だ。 修一は未だ寛解したとは言いがたい。まだ薬は指示通りに飲んでくれと言われているのだ。 しかし、心も満腹になっている今、正直動くのが面倒くさい。 だが飲まないなら飲まないで、後がどうなるか分からない。 「……はぁ」 ため息をつき、修一は立ち上がる。キッチンに近づくと、土鍋を仕舞っていた奏太が気付いた。 「あれ? どしたの?」 修一は苦笑しながら、薬の錠剤シートをひらひらとさせた。 ああ……、と奏太はそれだけで察した。 ********** 昼食後、紫苑が持って来てくれた服を二人がかりで確認していると、奏太が謎のポーチを見つけたのだ。 横30㎝もある、淡い花柄のマチ付きファスナーポーチ。 「何だろ、これ」 奏太が見せてきたそれに、修一はファストファッションのTシャツをブランド物から選りわけつつ言った。 「……開けても大丈夫だろう。奴の私物が混入している可能性はたいして高くないと思う」 「そっか。じゃあオープン~」 シャァ、という軽い音と共に開けてみると、その中には錠剤薬のシートが詰まっていた。 え、と奏太が一瞬面食らっている間に、修一も覗き込み、得心した。 「ああ」 ひょい、と修一は何ごともないようにポーチを手にとる。 「……これは精神安定剤だよ」 シートの一つを手にして裏返す。前回受診時に処方された薬と同じことを確認して、Tシャツを床に置き、シートから一粒取り出した。 「一時期に比べればかなり寛解してきたが、まだ薬を完全に絶てるほどよくはなっていないとの判断で、これと同じ薬が前回受診時に処方されている」 言いつつキッチンに行き、食器棚からコップを一つ取り出す。ウォーターサーバーから水を汲みながら、着いてきた奏太に続きを話す。 「だからまあ、一応飲んでおく。俺としては、昨夜と比べても大分調子がいいんだけどな。連中の息のかかった病院に勤務しているとはいえ、そこそこまともな部類の医師の判断だ。一応は従っておいてやるさ」 そこで一旦言葉を切る。一錠をたっぷりの水で飲み込み、コップをシンクに置く。 「いつか絶対、転院してやるつもりだがな」 スポンジを手に取ろうとしたが、先んじて奏太がそれを持っていた。 奏太は黙っていた。スポンジを濡らし、洗剤を付け、泡立てる。 コップを洗いながら、彼は言う。 「……それで、よくおーぎサンは修くんをアレコレしてたよね」 怒りとも呆れともとれない、堅い声音だった。 修一はハッと嗤い飛ばす。 「奴の考えなど読もうとするのもバカバカしい」 コップをすすいだ奏太は、苦笑しながらそっかぁ、という相づちを打った。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

95人が本棚に入れています
本棚に追加