menu.7 祝杯はXYZで(1)

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昼と同じように一錠、水で薬を飲んだ修一。 今度は自分でコップを洗っていると、不意に思いだした。 『……あ、あし、た……。お前の、気が変わって、いなければ……』 ぶわ、とまた顔に熱が集まる。 本当に、奏太とのこととなると、情緒が可笑しくなってしまったようだと思う。 二つ目の紙袋の中に入っていた物に、奏太は気付いていない。 幅広のOPPテープでぐるりと封がされた簡素な茶色の紙袋。それに〝餞別よ。どうせそのうち使うハメになるでしょうし。〟と紫苑の文字で書かれた付箋が貼り付けられていた。 こっそり確認すると、それは。 (……あの野郎……。いや、新品を寄越して来ただけまだマシか……?) 直腸洗浄用のシリンジだった。ぬるま湯などを入れるタイプの。 紫苑はそちらの方面に大変明るいので、服の下敷きにして紛れ込ませたのだろう。 修一も洗浄経験が無いわけではない。青木に命令されて見られながらの洗浄も経験済みだ。 だから使い方は分かる。だが……。 (……奏太の気は、変わっていないのだろうか……) ちら、と彼の様子を見てみる。 機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら、パソコンで何かを認めていた。 画面のレイアウト的に、メールソフトだろうか。 (……仕事関係だったら、邪魔するのも悪いな) 修一はそう思い、教えてもらった食器拭き用の布巾でコップの水分を拭い、戸棚に戻した。 「よっし」 タン、とキーを押す音が鳴る。 マウスでソフトを閉じ、パソコンもシャットダウンし始めた。 その物音に、思わず心臓が跳ねた。 中身を確認後、思わず紙袋の中に封印してしまった〝紫苑の餞別〟。それを早速使うハメになってしまうのだろうか。 と、そのときだった。 パソコンデスクの上に置いてあった奏太のスマートフォンに着信が入る。 緊張のあまり、修一は着信メロディにもビクついてしまった。 奏太は首を傾げつつ、応答することにしたらしい。 「はい、佐々木です。今日はありがとうございました。あーいえいえ~」 (……もしや、相手は神谷か?) そう修一は推測する。 「……え? は? 俺と修くんを? え……か、神谷さんに通報……あ、もうしてます?」 一気にきな臭くなってきた。 修一は嫌な予感がする。 (……もしや、連中の誰かが電話に相手に殴り込みに……!?) そう思うといてもたってもいられなくなった。 電話の相手は今日自分と奏太が接触を持った人物。そのうち神谷刑事は除外できる。 とするなら。 修一は音もなく奏太の背後に寄り、彼の手からスマートフォンを抜き取った。 「あっ!?」 登録発信先は『【prism-butterfly】』。修一は逸る心臓を落ち着かせながら、スピーカーにする。 「紫苑、どうした!」 『あ、ああ、その声シュウ?』 「まさか、青木組の連中がカチコミに来たんじゃないんだろうな!?」 修一の言に、紫苑は一瞬黙った。 「っ、おい、紫苑!」 まさか店内を荒らされたり、従業員達に危害でも加えられているのか。 修一の嫌な推測が加速していく。 その瞬間、ため息が漏れ聞こえてきた。 『……ええ、似たようなモノね。うんと平和的だけれど』 修一はほっと息をついた。 「……? 紫苑ママ、どういうこと?」 彼が安堵の息をついている隙間に、奏太が問う。 紫苑はまたため息をついた。 『……青木組のご老公、って言ったらいいのかしらね……。引退した先々代さんが、愛人さんとそのお友達を引き連れてここに来たのよ。アンタたちに取り次いでくれって』 「……先代?」 『ええ……』 紫苑はまたため息をついた。 『……アンタたちに話がしたいんですって。ついでに、カナタのツラも拝みたいんですって。え、何ですのご老公……、…………、……ああ、来たくなかったら来なくても構わないそうよ。……どうする? アンタたち、イチャイチャしたかったんじゃないの?』 紫苑のその指摘に、修一はグ、と言葉に詰まった。 奏太は逆に、涼しい顔で答えた。 「……いいですよ、行っても」 「そ、奏太!」 そっと、奏太は修一の手を握った。 「大丈夫。俺のカンだけどね、悪いようにはきっとならないと思うんだ」 にっこりと笑って言う奏太に、修一はそれでも首を振る。 「……ダメだ。お前を危険に晒しかねない。そんなところに向かわせるなど出来ない……!」 「ん~……、そうだ紫苑ママ、そのお友達の名前、訊いてみてくれる?」 いきなり話がズレたような奏太の提案に、修一も紫苑も「は?」と訊き返してしまった。 「いいから、ホラホラ!」 奏太が急かすと、紫苑は仕方ないといったようなため息をついた。 電話口から、小さくやりとりが聞こえてくる。 その中で出た名前に、修一は目を見開き、奏太はやはりといった風に頷いた。 「修一くん、せっかくだし修一くんのこと紹介したいな」 にっこり。奏太は満面の笑みを浮かべた。 「俺のじいちゃんとその腐れ縁に」
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