menu.7 祝杯はXYZで(2)

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修一は頭痛がする思いだった。 それをこらえながら、神谷と後輩に視線を送る。二人とも頷く。 次いで青木老人に視線を向ける。すると老愛人を抱き寄せたまま、奏太の隣を手で指し示した。 修一はため息をつく。奏太の隣に座った。 刑事二人は修一達の背後に立った。 ふと修一はあることに気付く。 (……心なしか、店に入ったときより喧噪が静まっていないか?) こちらのことは気にせず、酒を楽しんでくれ……気にしなくていいから……と修一は内心嘆く。何が楽しくて聞き耳を立てているのか。 彼がそんなことを思っている間に、青木老人は葉巻を一度吸い、それからクリスタルの灰皿に置いていた。 ゆったりとソファーに身を預け、口火を切る。 「さて。お前さんが剛の〝コレ〟だったっつう坊主かい。なるほど、いい面構えだ」 〝コレ〟で小指を立ててみせた青木老人に、修一は無意識に渋面になる。 「……なりたくてなったわけではない。拉致監禁強姦の末の結果だ」 「……だろうな」 そこで、青木老人は始めて老愛人の背から腕を抜いた。 両膝に両手をついて、修一に深々と頭を下げる。 「すまなかった、春川くん」 修一と奏太よりは青木老人の人となりを知っている二人が、青木老人の横と向かいで目を見開いた。 修一も、まさか頭を下げられるとは思っておらず面食らう。 「まさかそんな手段でイロを作るたぁ、こっちも思っていなかったんだ。俺ァ散々、あの馬鹿孫にゃ正妻の作り方もイロの作り方も、気を遣って考えろって言って聞かせてたんだが、どうやら無駄になっちまったらしい」 下げたときと同様にゆっくりと頭を上げた老人の表情には、祖父としての苦悩と先々代組長としての厳しさが合わさっていた。 「こんな時代だ、もう正妻やら世継ぎやらうるさく言うモンでもねえだろうが、剛の馬鹿野郎は嫁さんもガキもいる身の上だ。互いになんとも思ってねえ夫婦だろうが、婚姻っつう契約は強ぇ。だっつうのに、アイツは女をとっかえひっかえ……。おまけに、新人のポリを数に物言わせて攫った上に………。相手の気持ちも考えねえで、手前ぇの欲ばかり……」 そこで青木老人は一旦言葉を切った。 修一は、おそらくこの老爺も自分と青木の顛末を知っているのだ、と感じた。 老人はウィスキーグラスを手に取り、一口喉を潤した。 「……俺だってなぁ、コイツをいったんは泣く泣く手放したんだぞ。コイツのカタギに戻りたいっつう願いを聞いてな。まあその決心がつくまで俺の寝所に拘束はしたが……。最終的に決心して解放したんだから、俺ぁ剛よりはクソ野郎じゃあねえと思ってる」 コイツ、の部分で青木老人が向けた視線の先は、隣にいる老愛人だった。 老愛人は微かに目を伏せている。 「爺に頭を下げられても、溜飲は下がらねえたぁ思うが、ココは一つ。俺の下げた頭と契約に免じて、手打ちにしちゃくれねえかい」 「……契約?」 奏太が訊ねる。 おう、と答えた青木老人は、老愛人の反対隣に置いていた銀のアタッシュケースを開いた。 その中から、シンプルな長3号の封筒を取り出し、修一の前に置く。 「今日の昼間、弁護士についていってクソ孫の接見に行ってな。ボロクソに説教してやった。そのあと時間を置いてもう一回接見し直した弁護士に、クソ孫が渡してきた手紙だ。それを知った俺が取り上げた。お前さん、組の顧問弁護士なんぞに会いたかねえだろうと思ってな」 修一は封筒に目を落とした。 何が書いてあるにしても、青木のことだ。ろくなことが書かれていないだろうと考える。 それならいっそ、読まずに燃やしたほうがいいのでは、という思いすら湧いてきた。 が、そう言う前に、すっと動いた人影があった。 奏太だった。 彼の手がひょいと封筒に伸びたところを、修一と刑事二人はぎょっと見つめた。 奏太は封筒と共にテーブルに置かれたペーパーナイフで封を切り、数枚の便せんを取り出す。 そして広げて黙読し、……苦笑した。 封筒に納める時についた三つ折りの通りに畳み直した便せんを修一に差し出し、奏太は言う。 「中身ね、要約すると、修一くんとの関係清算方法と、これまでの年月分のラブレターってとこだった」 ラブレター??? と神谷と後輩が首を傾げる。 修一は奏太から便せんを受け取る。ラブレター部分は正直どうでもいい。が。 (……関係清算については、読んでおかなければならないだろう) 本当は嫌だ。もの凄く嫌だ。 今更、青木から聞く話なんて一文字たりともない。 だが、愛人関係の清算については是非とも知っておきたい。 その思いで便せんを受け取る。心を落ち着けるために深呼吸。 それから、ゆっくりとだが便せんを開いた。
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